我らが高市早苗政権が、今国会で成立させた法律や成立させたい法案を見てみると、どうも日本を再び戦争が出来るような国家に取り戻したい思惑が通奏低音のように感じてしまいます。国家情報局設置法、スパイ防止関連法案、国旗損壊罪法、そして昨晩成立させた副首都関連法…などです。
高市首相の思想信条はもともと国家主義的「戦前回帰」ですから、当然の結果でしょう。日本は曲がりなりにも法治国家ですし、日本国民は高市政権を選んだのですから、当然の帰結ですが、漸く、暴走気味の高市政権の支持率も下がり始めました。
国民義勇戦闘隊法
そこで、思い起こさせられる歴史的事実があります。先の大戦の末期、昭和20年6月23日に「国民義勇戦闘隊法」(義勇兵役法)なる法律が公布・施行されました。これは、15歳から60歳までの男性、17歳から40歳までの女性を対象に、本土決戦が迫る中、「一億総特攻」をスローガンに、軍の指揮下に入れて皇土防衛に当たらせることが目的でした。2800万人を動員する計画でしたが、同年8月15日の終戦で、実際の戦闘部隊の運用や戦闘が行われることなく廃止されました。
戦争末期ですから、日本軍でさえ空母や戦艦、航空機もほとんど破壊され、武器弾薬さえありません。そのため、国民義勇戦闘隊に割り当てられた武器は、日本刀、弓矢、鎌、竹槍、そして火縄銃だったというのです。しかも自前です。首相官邸での陳列会で、これらの武器を視察した鈴木貫太郎首相が「これはひどいなあ」と嘆息したという逸話は有名な話です。
それにしても、日本の「飛び道具」の最高峰が火縄銃だったとは驚きました。いや、泣けてきましたね。1543年に種子島に伝来した、よ、よ、400年以上昔の武器じゃありませんか!敵の米軍は、ブローニングM 1918など最新式の自動小銃で、バリバリバリと連弾式です。片や、日本人は、縄に火を付けて待っている間に、簡単に撃ち殺されてしまいます。
もっとも、日本軍でさえ使用していた小銃は「三八式歩兵銃」といって明治38年(1905年)に採用された古い武器を大事に使っていたんですからね。
日本は何故、無謀な戦争を始めたのか?
日本は何故、最初から負けると分かっていながら、あのような無謀な戦争を始め、続けたのか? 戦後81年経とうが、夏の暑さが増せば増すほど考え直すべきだと私は思っています。
テレビに出て来る歴史学者さんは、信長、秀吉、家康の戦国時代や、坂本龍馬や新選組の幕末など視聴率が取れそうな人気題材しか取り上げず、日本史上最も重要で最大な出来事であるアジア・太平洋戦争はタブーのようにして扱わず、逃げています。
私は、無謀な戦争をした当時の時代的背景に、教育格差があったからだと思っています。経済格差は当然のことながら、いまだに爵位制度が残った身分社会で、人権すら無視されていました。大本営のフェイクニュースを信じ込まされ、一部のインテリ階層にしか真相が伝わらない情報格差社会であったことも要因だと思っています。しかも、インテリは弱いので反戦デモ活動すらしません。
やはり、「情報を制するものが天下を制する」ということなのでしょうか、高市さん?

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