私は、日本の仏像で最も人気が高いのは観音さまだと思っています。全国何処の寺院でも、宗派に関わらず、大抵祀られているからです。宗教なので、「人気が高い」などという言い方には語弊があるかもしれませんが、京都の三十三間堂に祀られている千体ものズラリと並ぶ千手観音像は実に圧巻です。
観音さまの正式名称は観世音菩薩です。衆生凡夫の音(声)を聞き分けるために、聖観音、千手観音、十一面観音、如意輪観音などと33の姿に変化すると言われています。「菩薩」ですから、悟りを開いて完成した「如来」とは違って、いまだに修行する身です。例えば、法蔵菩薩は、艱難辛苦の末、「四十八願」をたてて、阿弥陀如来になりました。そうなんです。阿弥陀如来は、法蔵菩薩が悟りを開いたお姿だったのです(柳宗悦「南無阿弥陀仏」)。
観世音菩薩は如来にはなれないのか、と私は思っていましたが、実は、観世音菩薩は、既に悟りを開いた正法明如来だと説かれています。衆生救済のため、敢えて如来より身分の近い菩薩の姿になって、衆生凡夫に寄り添って救済しているというのです。
鳩摩羅什と玄奘との翻訳の違い
さて、この観世音菩薩は、サンスクリット(古代インドのアーリア系言語)のAvalokiteśvara(アヴァローキテーシュヴァラ)を亀茲国(現新疆ウイグル自治区)出身の鳩摩羅什(344〜413年)が中国語に翻訳したものです。この同じアヴァローキテーシュヴァラを観自在菩薩と訳したのが、「西遊記」で有名な三蔵法師玄奘(602〜664年)です。玄奘は、当時の国禁を犯して、4000メートル級の天山山脈やカラクム砂漠などを越境してインドに渡り、17年間で75部1335巻の経典を唐(中国)に持ち帰って翻訳したといいます。
観世音菩薩は、人々の苦しみの「音」を観じて(聞いて)、救済の手を差し伸べる「慈悲」の側面を強調したいわれる一方、観自在菩薩は、あらゆるものをありのままに、自由「自在」に観察し、正しい「智慧」で人々を導くという意味が込められているといいます。
先日、ある歴史番組を見ていたら、奈良の薬師寺副住職の大谷徹奘師が「観世音には世の中を外側から見るという意味があるが、観自在には自分の有り様を見る、こっちを見る、という意味がある」といった趣旨で違いを説明してくれたのでよく分かりました。
般若心経の写経
代表的な仏典である「般若心経」の主人公は観音さまで、最初に「観自在菩薩、」と登場します。個人的ながら、般若心経で書かれた「色即是空、空即是色」といった思想哲学は何度読み返しても感服致します。本来なら宗教書として信仰するべきではあるので、勿論、信仰心も伴っております。
般若心経はわずか262文字です。今では、全国何処の寺院でも開催していますが、この般若心経の「写経」を最初に始めたのが薬師寺だったそうです。管主だった高田好胤(1924〜98年)が境内で写経教室を開いて浄財を集めて、金堂や西塔などの復元復興に道筋を付けたといいます。私の世代は、中学・高校の修学旅行での講話で、この高田好胤師が大変な人気者だったということをよく覚えています。私も中学生の時、修学旅行で薬師寺を訪れましたが、その時の講話が高田好胤師だったのかどうか、当時、グレていましたのでよく覚えておりません(苦笑)。
薬師寺は、白鳳文化時代の680年に天武天皇によって創建され、東塔が国宝に指定されるなど大変有名な法相宗の大本山ではありますが、お墓や檀家などを持たないため、拝観料などの収益に頼るのみでした。またまた語弊がある言い方ですが、写経をビジネスモデルとして確立させ、話術が得意で全国を講話会で走り回った高田好胤師は薬師寺最大の功労者の一人だと言えるでしょう。

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