「日ソ中立条約」の河西陽平氏を迎えて 第12回尾崎=ゾルゲ研究会

第12回尾崎=ゾルゲ研究会 書評
第12回尾崎=ゾルゲ研究会

 10月2日(金)、愛知大学霞ヶ関オフィス(東京)で開催された第12回尾崎=ゾルゲ研究会のセミナーに参加して来ました。実に久しぶりです。この渓流斎ブログの過去記事を検索してみたら、前回参加したのは、2025年4月26日に開催された第7回研究会で実に1年半ぶりでした。

日本はスパイ天国か? 第7回尾崎=ゾルゲ研究会
4月26日(土)、東京・拓殖大学で開催された第7回尾崎=ゾルゲ研究会のセミナーに参加して来ました。かなり内容が盛りだくさんで濃密だった上、恐らく、この研究会の知的水準があまりにも高過ぎて、私自身、正直、ついていけませんでした(苦笑)。 何よ…

 忙しかったのか、他のセミナーと重なってしまったのか、よく覚えていませんが(笑)、これまで渓流斎ブログに散々書いて来ましたように、長年のゾルゲ事件に関する私自身のコンパッション(同情)が少し醒めたせいかも知れません。首謀者の尾崎秀実に関しても、以前は「彼は軍国主義と戦った真の愛国主義者」だと思っていましたが、やはり、実態は、ゾルゲから金銭を得ていて、国家機密情報を漏洩させた売国奴だったことは否定出来ません。マシューズ著、鈴木規夫・加藤哲郎訳「ゾルゲ伝」、フェシュン編著、名越健郎・名越陽子訳「ゾルゲ・ファイル」(ともに、みすず書房)や名越健郎著「ゾルゲ事件 80年目の真実」(文春新書)などを読むと、ゾルゲ本人には日本という素晴らしい国に対するシンパシー(共感)が全くなく、日本人を馬鹿にして、国際共産主義思想のためにか、理想国家ソ連のためにか知りませんが、只管、日本の国家転覆しか考えていない人間だったことも確認できました。モスクワ向けの電報とはいえ、スパイの本性でしょうから、「もう、こんな奴らと付き合っていられないなあ」とさえ思うようになりました。

「ゾルゲ事件 80年目の真実」で私は転向しました
名越健郎著「ゾルゲ事件 80年目の真実」(文春新書)を読了して深く深く考えさせられました。この本は、機密解除資料を元にして書かれたミハイル・アレクセーエフ「あなたのラムゼイ」「あなたの忠実なラムゼイ」とアンドレイ・フェシュンの「ゾルゲ事件 …

 それでも、今回参加したのは、テーマになった河西陽平著「日ソ中立条約」(角川新書)があまりにも面白かったからです。この本の「書評」は、このブログに先日書きましたので、それを参照して頂きたいのですが、この本を書いた若い学者さんがどういう方なのか、ご尊顔を拝したかったことと、久しぶりに同研究会代表の加藤哲郎一橋大名誉教授にお会いしたいと思ったからでした。

 著者の河西氏は30代後半か40代前半ぐらいに見えましたが、既に風格がありました。あれだけロシア語の文献資料を原文でスラスラ読みこなす方ですから、いかにも沢山の脳みそが詰まっている感じの頭が大きい方でした(失礼!)。肖像権がありますから、残念ながら彼の写真はこのブログに載せませんが…。

ソ連による対日諜報活動を網羅 河西陽平「日ソ中立条約」
10月2日(金)に東京で開催される第12回尾崎=ゾルゲ研究会で、活発な討論会が行われる予定となる当該本の河西陽平著「日ソ中立条約:スターリンのインテリジェンス」(角川新書、2026年7月10日初版)をやっと読了出来ました。事前に読んでおかな…

 後で、「書評報告」された田嶋信雄成城大名誉教授のお話で分かったのですが、河西氏の御尊父である河西英通氏(1953〜)は、広島大学などで教授を務め、「六全協の世界ー日本共産党と1950年代」(有志舎)などの著書もある歴史学者だというのです。

 なるほど。「学者一家」と言いますか、河西氏の研究者としてのDNAは父親譲りだったわけです。

 著書の「日ソ中立条約」は、タイトルとは違って、1922年から45年にかけてのソ連の諜報機関の全般のことが詳述されていましたが、尾崎=ゾルゲ研究会では、時間も30分と限られていたので、ゾルゲの諜報活動に絞って報告されていました。特に、1941年6月22日の独ソ開戦について、時刻まで正確にモスクワに送電したのは、ゾルゲではなく、ゲシュタポのヴィリー・レーマンという諜報員で、本書にも書かれているように、ゾルゲ情報は曖昧で、スターリンもそれほど評価しておらず、今のプーチン政権がゾルゲの銅像を建てたり、神格化したりする行為は、如何なものか、といった趣旨の報告でした。

用事用語が気になる

 私は気が小さく、皆の前で愚かしい質問するのが恥ずかしいので、休憩時間にそっと、フェイストゥフェイスで彼に質問しました。会場参加の特権です。これでも、ソ連の諜報機関関係の本は少しは読んできましたが、これまでの先行研究では、例えば、秘密警察のことを「チェカ」と書かれていたのに、本書では「チェーカー」、ゾルゲを赤軍第四部の諜報員にスカウトした「ベルジン」GRU局長は、「ベールジン」で書かれていたので、「どちらが正しいのか」聞いてみたのでした。大したことはない、細かい話だと思われるかも知れませんが、私は通信社で長らく記者としてニュースの翻訳もして来たので、固有名詞や用事用語にはうるさいのです。というか、気持ち悪いのです(笑)。

 話は脱線しますが、新聞協会の用事用語で、外国の地名や人名は、殆ど共同通信外信部による翻訳が採用され、NHKなどテレビ、ラジオのニュースや雑誌等でもそのまま採用されます。だから、例えば、米国のルーズベルト大統領は、本来は、つまり、現地の発音では「ローズベルト」大統領の方が正確なのに、いまだに「ルーズベルト」大統領が採用されています。私の米国籍の義理の息子に聞いたら、「ルーズベルト?誰それ?あり得ない!ローズベルトですよ」と言ってましたから、間違いない(笑)。

 それで、先ほどのロシア語の用事用語ですが、河西氏は「『チェカ』より『チェーカー』、『ベルジン』より『ベールジン』の方がよりロシア語の発音に近いですから」と説明してくれました。そういえば、私はロシア語は全く出来ませんが、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」は「カラマゾフ」ではなく、「カラマーゾフ」と表記されますよね。これからは、河西氏が翻訳した用事用語の方が良いと思い、これでスッキリしました。今後は「チェカ」ではなく「チェーカー」などと覚えることにします。

 セミナーは平日の午後に開催されたせいか、参加者は、関係者を除くと、わずか5〜6人でした(オンラインでは25人)。それでも、後で分かったのですが、会場参加者は、朝日新聞や共同通信の元モスクワ特派員といった「準関係者」ばかりでした。

謎の人、シミズさん

 会合が終わって、これまた久しぶりに、地下の中華料理店での懇親会に参加しました。セミナーの司会進行の方は、映画「仁義なき戦い」に出て来る気の短い若頭のような風貌で、室内でも薄いサングラスを掛けた強面(こわもて)で、近づき難い人でしたが、懇親会ではいきなり「お酒を飲んでいたら30分もトイレに行っていなくなった人がいたんですね」と私に向かって言うのです。吃驚仰天してしまいましたよ。私が以前、渓流斎ブログに書いた記事読んでくださっていたのでした。しかも、どうでも良い身辺雑記です。そこまで細かく読んでくださっていたとは、実に恐ろしい人でした。

サルコペニアかロコモか? 心配な友人Kさんの話
ちょと残念な哀しい話です。月に1回ぐらいは会って懇談する「飲み友達」のKさんの話です。 異変に気が付いたのは、4カ月ほど前の3月下旬のことでした。ちょうど花見の季節でしたので、「近所の大公園で桜見でもしませんか?」とお誘いしたら、「いいです…

 その方は名刺を持っていなかったので、シミズさんという名前しか分かりませんでしたが、後で、加藤哲郎氏から「(シンクタンクの)防衛研究所の人です」ということを、そっと教えてもらいました。そっか〜、やはり私の予見は当たりました。無闇に身分を明かさない職掌だったんですね。相手が民間人だろうが、情報収集を専門とする恐ろしい人だったのでした(かなり誇張しております)。

 尾崎=ゾルゲ研究会の代表の加藤哲郎氏は、数年前に大病を患い、健康面での不安もあることなどから、次回のセミナーを区切りとして、代表職を辞任するという話を聞きました。「これからは若い人に任せます」と仰っていましたから、今後は、この強面のシミズさんが中心になってやっていくことでしょう。

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