先日、三軒茶屋の山本悦夫氏からお借りした山本守喜著「台湾に寄せる」(インターナショナルセイア、2022年8月20日初版)を読了しました。
これは、戦中から戦後にかけて、守喜氏が台湾総督府に行政官として勤務していた思い出を中心に1985年5月20日に発行された本を、守喜氏の長男に当たる悦夫氏が復刻して出版したもので、山本悦夫氏の長年の親友だった古川貞二郎氏も「あとがき」を寄せています。山本悦夫氏は、アジア文化造形学会会長で、文芸同人誌「四人」主宰する作家ですが、古川氏は、1995年から2003年にかけて8年7カ月、5代の首相に(村山富市、橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗、小泉純一郎)仕えた内閣官房副長官を務めた著名人です。
ドンデン返しのような人生
その山本守喜氏ですが、「原本」にも「復刻版」にもどういうわけか、巻末に「略歴」がないのです。通読するとやっと朧げに守喜氏の略歴が分かりますが、それは「あっ」と叫びたくなるようなドンデン返しのような人生を送った人でした。
最初に台湾総督府勤務時代の色んな思い出が書かれています。総督府の台北だけではなく高雄州庁など何カ所にも転勤し、その度に出会った人たちの思い出がこと細かく記載されています。驚くべきほどの超人的な記憶力です。また人事課に勤めていたこともあったことから、台湾総督府の官吏制度から棒級、叙位叙勲に至るまで非常に詳しく書かれていて、貴重な歴史的資料になっています。
あまりにも詳しいので、最初この本を読んでいる時に、著者の守喜氏について、大変優秀な「能吏」という言葉が浮かびました。旧帝大を出たエリートに違いない、と思っていたら、最後の方を読むと、大逆転します。実は、守喜氏は1929年、20歳になり、本籍地のある九州の八幡市で徴兵検査を受けた際、父親の六郎氏から意外な真実を知らされます。「実は、お前は自分たちの実の子ではない。お前が1歳の時に養子縁組し、台湾に渡ったのだ」というのです。
そして、その養父六郎氏は、台北市で運送業をやって成功した弟に勧めらて台湾に渡りますが、本人には商才がなく事業に失敗し、生活に追われます。守喜氏も小学校を卒業すると家計を助けるために、総督官邸の給仕の仕事をしながら、夜学に通って、総督府の行政官の試験に合格した大変な苦労人だったのです。
でも、家庭の事情で学歴がなくとも、頭脳の明晰さは帝大出以上だったことでしょう。それは、この本の文章を読むと分かります。意外にも守喜氏と台湾の小学校時代の同級生に、童謡「ぞうさん」などで有名なまど・みちおさんがいますが、守喜氏が同期会の幹事役を務め、会員の名簿作りから会報の編集執筆、制作、郵送まで手がけるので、「大恩人の山本くん」と原本に「あとがき」を寄せておりました。
面倒見が良く、誰からも愛された苦労人の守喜氏ですが、それは長男の悦夫氏にも遺伝しています。「懇親会」と称して、悦夫氏を慕う何人もの人が毎月のように悦夫氏の自宅に集うからです。

コメント