小野圭司著「太平洋戦争と銀行」(講談社現代新書、2025年11月20日初版)をやっと読了しました。
銀行から見た戦争の舞台裏
決して難しい内容ではありませんが、読み終えるのに1カ月ぐらい掛かりました。副題に「なぜ日本は『無謀な戦争』ができたのか」とありますが、戦前、戦中、戦後にかけて、日本人の銀行家、銀行員が決死の覚悟でどのようにして舞台を駆け巡っていたのか、彼らが書き残した手記などを元に、微に入り細に入り詳細に描かれています。その舞台というのは、日本本土だけではなく、当時の「植民地」だった台湾、樺太、朝鮮、満洲も含みます。お金がなければ、戦争は遂行出来ません。大日本帝国は、まさにこれら「植民地」や武力進出したフィリピンやビルマ、インドネシア等に至る隅々まで、銀行の本店や支店を設置して、預金・引き出しや、紙幣印刷、為替、それに最も重要な軍の「金庫番」の業務などを遂行し、敗戦ともなれば、他の民間人と同じように退避せざるを得なくなり、途中で生命を落とす銀行員も多くいたことを本書で明らかにしています。
また、樺太や満洲に侵攻したソ連軍は、銀行の金庫にあった現金や貴金属だけではなく、銀行内の備品や什器に至るまで、ありとあらゆるものを摂取、という以上に強奪していったことまで書かれています。ロシア民族は徹底しています。
これらが、著者の言うところの「戦争の舞台裏」になりますが、確かに、歴史の教科書には書かれていない「戦争のカラクリ」の逸話が、この本では多く書かれています。これらは、銀行業務を通した銀行家から見た戦争ではありますが、指導者や作戦面から見た戦争とは少し違った戦争の本質が描かれていると言っても良いでしょう。
「占領軍経費負担」がキモ
著者の小野氏は、「まえがき」の中で、「道草として、戦後の占領軍経費負担にも目を向けてみたい」と書いておられましたが、私はむしろ、この「占領軍経費負担」こそがこの本の肝(キモ)ではないかと思っています。
日本の若い人の中には、ポツダム宣言を受諾した日本が敗戦後、GHQという名の米軍によって6年8カ月間(1945年9月2日〜1952年4月28日)、占領されていたという史実を知らない人が多いのですが、それ以上に、日本に進駐した占領軍の経費を、極貧のどん底に陥った日本側が負担していたという史実を知る人は遥かに少ないと思います。
米軍は、何もボランティアでタダで日本にやって来たわけではなく、日本を占領支配するために駐留しに来たわけで、それらの占領経費を日本が負担するのは当然だという考え方なのです。
これら占領軍経費は、戦時国際法(ハーグ陸戦法規など)では、講和条約締結までの間に行われる「保障占領」において、被占領国が負担すべきものとして国際慣習法上認められていて、日本も日清戦争後に台湾や威海衛を占領した際、相手国に経費を負担させていました。
本書では、昭和21〜28年度、日本が負担した連合国軍の占領経費が5131億円だったことを明らかにしています。この5131億円が現在の幾らに相当するのか、本書では書かれていなかったので、調べてみたら、約10兆円〜11兆円に相当すると推計されるそうです。敗戦で工場も破壊され、荒廃した本土のインフラ整備や街づくりの復興を優先したかった日本にとって、 この数字以上の負担が重くのしかかったに違いありません。
「永続敗戦論」
ちなみに、1951年のサンフランシスコ講和条約締結によって、日本は「独立」を果たしたとはいえ、その後も、沖縄を中心に国内には米軍基地が残存し、日米地位協定によって、日本は、在日米軍関係費として2025年度は8886億円負担しています。米国と比較した日本の負担率は約74%で、ドイツなど他国と比べても突出しています。ですから、トランプ米大統領が選挙演説用にブラフをかける「日本ただ乗り論」は大間違いだということが分かります。
しかも、有事に米軍が日本を守るという「理想」も疑わしくなり、トランプ政権は、単に日本のためではなく、あくまでも「アメリカ・ファースト」の先兵であることを示唆してしまっております。
独立した主権国家に軍隊を駐留し、経費の4分の3近くを負担させるやり方は、占領という限りなく近い印象を与えます。白井聡氏の「永続敗戦論」を思い起こさせます。

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