アキラ・ミズバヤシ著、水林章訳「壊れた魂」(みすず書房)は大傑作でした

アキラ・ミズバヤシ著、水林章訳「壊れた魂」(みすず書房) 書評
アキラ・ミズバヤシ著、水林章訳「壊れた魂」(みすず書房)

 アキラ・ミズバヤシ著、水林章訳「壊れた魂」(みすず書房)を読了し、深い感動の渦の中におります。途中、何度、目頭が熱くなり、実際、嗚咽のような嘆息を何度、ついたことか。

 私自身、もう30年前にノンフィクションに転向してから、有り得ない絵空事(失礼!)の小説はほとんど読まなくなりました。「どうせフィクション(作り物)でしょ?現実にあったノンフィクションとは比べ物にならない。時間の無駄」といった感じで避けおりました。

 しかし、どうしても気になるフィクションが出て来ました。それが、このアキラ・ミズバヤシ著、水林章訳「壊れた魂」(みすず書房)です。著者の水林章氏について、3回、このブログで取り上げさせて頂きました。新聞もテレビも大手マスコミの記者が不勉強で取り上げなかったからです。

 ブログで取り上げた1回目は昨年7月、水林氏が、フランスで最も権威のあるアカデミー・フランセーズ仏語圏大賞を受賞したニュース。2回目は、大変お忙しい中、水林氏が都内で講演会を開いてくださったその模様。そして、3回目は、その講演後の質疑応答で、水林氏ご本人が「自分はバイリンガルではないと思う」と発言されたことについて、自分なりの考察です。

 作家、水林章氏がどういう方なのか、その業績を含めて、上に引用した拙ブログの記事をお読み頂ければお分かりになると思いますが、面倒臭くて読みたくない方は、水林章という作家は、山形県生まれの日本人なのに、フランス語で小説・エッセイを書いて、仏語を母国語にする人でさえなかなかお呼びではないアカデミー・フランセーズの仏語圏大賞まで受賞してしまった人、だということぐらいの予備知識で十分です。

 そういう私も、実は、水林氏がこれまで発表した作品(小説5冊、エッセイ4冊)を一冊も読んでことがありませんでした。フランス語で書かれているので、挑戦したいとは思っても、私の知的能力では読了できないと思っていたこともあります。ただ、1冊だけ日本語版があることを先の講演会で知りました。それが、この自ら翻訳を買って出たアキラ・ミズバヤシ著「壊れた魂」(みすず書房、2021年8月2日)です。

 原題は”Âme brisée”(ガリマール社、2019年)です。Âmeは「魂」、 briséeは「壊れた」という意味ですから、日本語訳で「壊れた魂」はそのままです。しかし、実はこのÂmeには「魂」の他に、ヴァイオリンなど弦楽器の「魂柱」(こんちゅう)という意味もあります。魂柱とは、楽器のボディ内に立てられた小さな円柱の木の棒で、これが破損すると楽器が鳴らなくなります。

 つまり、作者の水林氏は、Âme に「魂」と「魂柱」の二つの意味を掛けていたのです。フランス語圏の人でしたら、直ぐにこのダブルミーニングを理解することが出来るでしょうが、異国人は作品を読んで初めて気が付き、「これほどピッタリのタイトルはない」と感心してしまうのです。タイトルだけで既に内容を表してしまっているからです。

教会建築法を思わせるプロット作成

 正直言って、私は、これまで読んできた小説の中でも私のベスト10に挙げたいぐらい感動しました。純文学ながら、ミステリーというか、推理小説仕立てになっているので、これから読む人のために内容は伏せておきますが、緻密な物語構成は、やはりフランス語で書いたせいなのか、西洋の教会建築を思わせます。最初から「伏線」を張り、それが、直ぐに、その「謂れ」が登場して、「えっ!そういうことだったのかあ!」という驚きで全ての伏線が徐々に繋がっていきます。無駄な伏線は一つもありません。日本家屋の建築とはちょっと違う、レンガを一つ一つ積み上げて来た西洋建築のような連関性があるのです。

 フィクションとして、巧みな「物語り」の構築は少し村上春樹に似たようなところがありますが、ミズバヤシはもっと緻密な感じがします。細かいところまで計算し尽くされたような「建築美」を感じます。

ノーベル文学賞を獲ってほしい

 この本がフランス語圏で20万部のベストセラーになった理由が分かりました。日本ではそのわずか100分の1ということは、2000部しか売れていないことになりますが、恐らく、3960円という本の価格の高さにあるせいかもしれません。学生さんでは手が届きませんからね。

 ミズバヤシは、村上春樹と比べると知名度がないかもしませんが、文学的価値、意義においては勝るとも劣らない、と私は茲で宣言しておきます。是非、ノーベル文学賞を獲ってほしいものです。

〈ロザムンデ〉を聴きながら読書

 「壊れた魂」は、音楽小説の形式を取っており、登場人物以上に音楽が重要な働きをしています。列挙しますと、シューベルト「弦楽四重奏曲イ短調」作品29〈ロザムンデ〉、バッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番」〈ガヴォット・アン・ロンド〉、バッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番」〈シャコンヌ〉、ベルク「ヴァイオリン協奏曲」〈ある天使の思い出に〉…等です。私は自宅にあるCDを聴きながら、CDがない曲はネット配信で聴きながら、この本を読みましたから、感動が倍増しました(笑)。皆様にもお勧めします。

 内容は細かく触れられませんが、日中戦争の最中の1938年、東京・渋谷の文化会館で、日本人と中国人混成のアマチュア弦楽四重奏団が〈ロザムンデ〉を練習中に、憲兵隊に踏み込まれて、主人公の父親のヴァイオリンの名器「ニコラ・フランソワ・ヴィヨーム」が壊されてしまうことから話は展開していきます。これ以上は書けません。ご興味を持たれたら、是非お読みください。

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