人々に生きる勇気と力を与えてくれる 大村崑著「93歳、崑ちゃんのハツラツ幸齢期」

大村崑著「93歳、崑ちゃんのハツラツ幸齢期」(中央公論新社) 書評
大村崑著「93歳、崑ちゃんのハツラツ幸齢期」(中央公論新社)

 喜劇役者大村崑さん(本名岡村睦治)の「93歳、崑ちゃんのハツラツ幸齢期」(中央公論新社、2025年3月25日初版)は実に面白かったでした。いつも笑顔を絶やさない素顔の裏にこんな過酷な苦労をしていた人だったとは知らず。それでも、持ち前の明るさを武器に喜劇役者として大成し、今年95歳になるというのにまだ元気溌剌で現役を貫き、人々に生きる勇気と力を与えてくれる人だと思いました。

 90歳を越えてもこれだけ元気なのは、本人曰く、86歳から奥さんの勧めで始めた筋トレだと言います。おかげで、姿勢も歩く速さも見違えるほどになり、恐らく体力年齢も70代ぐらいに戻ったのではないでしょうか。

 大抵、功成り名を遂げた人の評伝は、自慢話が多いものですが、この本では苦労話に溢れています。1931年、神戸市で写真館と電気店を経営する家に生まれますが、崑さん9歳の時、父親が腸チフスで亡くなり、一家離散し、崑さんは伯父夫婦に引き取られます。19歳で肺結核になり、手術をして片肺に。医師からは「40歳までしか生きられへん」と宣告されてしまいます。それでも精進して、喜劇役者になる夢を捨てず、当時大人気の声帯模写芸人で司会者だった大久保怜(1920〜2007年)を紹介されて一番弟子に。芸能界に一歩踏み出します。コメディアンとして「番頭はんと丁稚どん」や「頓馬天狗」やオロナミンCのコーマーシャルなどに出演して全国的な人気者になります。58歳で大腸がんになりますが、早期発見のお陰で手術をして10年後に寛解します。

 喜劇役者といえば、華やかで薔薇色の世界に見えますが、実態は人気商売なので、受けなければ明日はどうなるか分からないという恐怖があり、いつもライバルとの厳しい競争に晒され、「とにかくストレスが溜まる因果な商売だ」と崑さんは言います。それで、多くの芸人は酒で憂さを晴らしたりしますが、それが原因で早死にしたりします。崑さんは、人気芸人の享年を列挙します。

三波伸介52歳、佐々十郎55歳、榎本健一65歳、トニー谷69歳、芦屋雁之助72歳、茶川一郎73歳、伴淳三郎73歳、藤田まこと76歳、花菱アチャコ77歳、由利徹78歳

 崑さんは今年95歳ですが、下戸であまり酒が飲めなかったことが長寿の秘訣だったかもしれません。

 この本の最後の方で、崑さんは、「おやっさん」と師事した森繁久彌の五つのモットーを挙げていました。それは、

負けるな 腐るな 焦るな 威張るな 怒るな

 これこそ、人間、最も肝心な「処世術」かもしれません。崑さんは、この五つのモットーで、102歳まで生きるつもりだといいます。若者も中年も高齢者も大いに励みになります。私も、難解な理論書を読んで衒うよりも、この本を読んで良かったと思いましたよ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました