伊賀上野城の天守を復元した川崎克氏のこと

「天守閣を建てた代議士 川崎克の素顔」(伊賀上野城) 歴史
「天守閣を建てた代議士 川崎克の素顔」(伊賀上野城)

 倉有斎ことノンフィクション作家の名倉有一さんが先日、芭蕉研究のために三重県の伊賀上野城に行かれる、ということで下調べしたそうです。そうしたら、戦国武将藤堂高虎がつくったこの伊賀上野城の天守閣を、昭和(戦前)になって復元した人が川崎克(1880〜1949年、68歳没)という政治家で、「渓流斎さんと同じ東京外語大学のフランス語科を卒業して、新聞記者にもなっているようですよ」との連絡がありました。

 川崎克さん? 大変失礼ながら、全く存じ上げませんでした。倉有斎さんがAIに聞いたところ、とんでもない人だと分かりました。

現地に行かれるのであれば伊賀上野城で尋ねるのが非常に有効だと思います。現在の天守を管理しているのは伊賀文化産業協会で、同協会は『川崎克の素顔』の出版元でもあります。現在の木造天守は川崎が私財を投じ、1935年に完成させたものです。

川崎は単に「城を再建した金持ち」ではありません。衆議院議員を長く務め、1941年には大政翼賛会を違憲として追及し、鳩山一郎・芦田均らと「同交会」を結成した政治家でもありました。

しかも彼が造った城を「伊賀文化産業城」と名付けた背景には、事の城ではなく文化・産業のための城をつくるという思想がありました。これは1930年代という時代を考えるとなかなか興味深いところです。

ですから、伊賀上野へ行かれる際には、「川崎克という人物」をもう一つの観光テーマにしても十分面白いと思います。芭蕉→藤堂高虎→川崎克とたどると、「伊賀という土地を後世にどう残そうとした人々か」という一本の線ができます。

 へ〜、大政翼賛会に反発した人だったなんて、意外と硬骨漢の人だったんですね。

 川崎克氏は明治13年(1880年)、伊賀町(現伊賀上野市)に生まれ、明治35年、日本法律学校(現日大法学部)を卒業。東京外語学校でフランス語を学び、当時、東京市長だった尾崎行雄に私淑して東京市書記となり、明治39年、日本新聞社に入社。大正元年には尾崎に従い、憲政擁護運動に参加し、大正4年、渋沢栄一より選挙資金の援助を受け、衆院議員に初当選。昭和10年には私財を投じて、伊賀上野城天守を復興させた郷土の偉人として知られていました。

 このことは、伊賀上野城の「看板」(プレート)にも同じようなことが書かれていました。(この写真の著作権者は、撮影した倉有斎氏です)

伊賀上野城
伊賀上野城

 しかし、倉有斎さんが現地で購入して、私にも謹呈して頂いた重要参考文献である「川崎克の素顔」=写真=には、「東京外語」も「フランス語」も一切出て来ないのです。どゆこと?

 まさか、どっかの大都市知事とか温泉地市長のような学歴詐称疑惑じゃありませんよね?

 そこで、倉有斎さんは、ノンフィクション作家ですから、わざわざ三重県立図書館に問い合わせてみたのです。その回答が以下の通りです。

【質問内容】

川崎克氏が「東京外語学校でフランス語を学んだ」ことを確認できる資料はあるか。

【回答】

(1)『川崎克』川崎克伝刊行会 1956(奥付の書名:川崎克伝)

 p10に「外国語学校で仏蘭西語を習うたのは日大を卒業してから後のことのようだ。」という記述があります。

※この資料は国立国会図書館デジタルコレクション送信サービス資料に収録されています。

(2)『現代人物誌 第3編』奥田 信義/著 奈良新報社 1930

 p189の「川崎克」の項目に「日本大学を卒業し東京外国語学校を卒業せり。」という記述があります。

(3)『聖地三重の偉材と之を嗣ぐ者』鯉江 長明/著 三重県編纂協会 1937.04

 p23の「川崎克氏」の「略歴」に「日本大学卒業後東京外国語学校仏語科専攻」という記述があります。

※この資料は国立国会図書館デジタルコレクション送信サービス資料に収録されています。

 ほ〜、この分ですと、確かに、「習うた」にせよ、「卒業せり」にせよ、「専攻」にせよ、川崎氏は東京外語のフランス語科に何らかの関わりがあったようですね。

 では、何故、伊賀上野城の伊賀文化産業協会が発行する「天守閣を建てた代議士 川崎克の素顔」の「略年譜」にも本文にも「東京外国語学校フランス語科」が一切出て来ず、掲載しないのでしょうかねえ?

 もし、掲載されていたら、私は、東京外語大仏語科同窓会「仏友会」の会報誌に、この川崎克氏のことを書いて、投稿しようかと思いましたが、諦めることにしました。

 でも、せっかく、倉有斎さんがわざわざ「川崎克の素顔」を伊賀上野城まで行って購入して、私に郵便で送ってくださったので、せめて、ブログにだけでも、こうして記載しようと思ったわけです。

 あ! そう言えば、倉有斎さんの芭蕉研究については、すっかり聞くのを忘れておりました…。

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