自分の悩みがいかに小さいか覚醒させられる本 関大徹「食えなんだら食うな」

関大徹「食えなんだら食うな」(ごま書房新社)keiryusai.net 書評
関大徹「食えなんだら食うな」(ごま書房新社)keiryusai.net

 不勉強が募って、現在、私の書斎の机の上には沢山の本が山のように積まれております。いわゆる「積読」状態です。タンザニアのイカンガーです(このジョークが分かる人は恐らく、還暦以上の方かもしれません=笑)。

 関大徹「食えなんだら食うな」(ごま書房新社)をやっと読了しました。関大徹師は、曹洞宗大教師です。平たく言えば禅寺のお坊さんです。妻帯せず、酒もタバコもやらず、いわゆる俗世間の「悪事」に染まらず、ひたすら修行に励んで清貧の生活を貫いた人です。この本には「明治36年、福井県生まれ」の後、数カ所の名刹の住職を務めていた著者の略歴が書かれていますが、没年が書かれていません。この本は同大禅師が75歳の時に書いた著書で、ということは1978年に出版されたことになります。長らく絶版状態が続いていましたが、2019年に復刊されたようです。そのせいか、著者略歴は、1978年の時点のまま掲載されています。もし、御存命でしたら123歳ですから、現在どうされているのか、ネット検索してみたら、やはり、没年が出て来ないんですよね。この本の読書感想文は沢山出て来ますが、「AI のCHATGTPが『生年月日:1935年8月25日、没年月日:2018年9月29日』と出てきたが、おかしい」というサイトもありました。

 ま、これが、ネットの限界ですね。AIだって集積されたネット情報の「ビッグデータ」をもとに「回答」しているだけであって、ネット上に情報がなければ答えようがありません。ネットは依然として、図書館や紙の情報に負けているという証拠です。

食品ロスを見過ごす現代人

 話が横道に逸れてしまったので、この本の話に戻しますが、目次にもなっている「食えなんだら食うな」「病なんて死ねば治る」「無報酬ほど大きな儲けはない」「死ねなんだら死ぬな」というタイトルを読んだだけでも中身は想像できるかもしれません。特に、今のように「食品ロス」を平気で見過ごしている現代人にとって、「食えなんだら食うな」は衝撃的なキャッチフレーズでしょう。闇バイドの誘惑に負けそうになっている高校生にも読んでもらいたいぐらいです。

 関大徹禅師が「食えなんだら食うな」と大言壮語できる背景には本人の実体験があります。修行などの過程で餓死寸前に追い込まれたことがあるからです。そもそも、お坊さんには、檀家がない限り収入はゼロです。只管、托鉢して慈悲にすがって「施し」を受けて生き延びるしかありません。関禅師は、そのことについてはある程度の覚悟で若い時分から仏門に入って修行しましたが、その過酷さは、現在のような「働き方改革」の労働条件とは比べものになりません。今のブラック企業の方がまだマシなぐらいです。

 食事は「朝は粥と梅干、漬物。昼夜は一汁一菜の、いずれも六分か七分の麦粥。精進だから、鰯の一匹も、牛肉の一切れも食膳にのるわけではない」というのです。しかも、修行中は禅宗ですから「只管打坐(しかんたざ)」です。坐禅をしながら老師から与えられた公案(課題)を一心に考え続けます。まず、今の若者なら逃げ出しますね。

満開の躑躅 keiryusai.net
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 私も偉そうなことを言える身分ではありませんから、当然のことながら、逃げ出します。むしろ、鰯の一匹も食べられない人生に何の意義があるのか!と逆ギレして、グレてしまうことでしょうね(笑)。

 日々、自分の悩みこそが大事で最高だと思って生きている輩にとって、この本には覚醒させられることでしょう。いかにも自分の悩みが小さい、小さい、ということが。

 

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