7月4日は、米国「建国250周年」とやらで、まずはおめでとうございます。1776年7月4日の独立宣言から250年の節目を迎え、米国内ではお祭りムードに包まれていることでしょう。
でも、太平洋を挟んで約8000キロ離れた極東の島国に住む偏屈者は、冷ややかに見ております。むしろ、50年前の「建国200年」の方が華やかで、何しろ、当時の方がまだまだ夢と希望に満ち溢れておりました。私は「7月4日」という日が米国にとって1年で最も大切な日だということを意識したのは、米国のロックバンド、シカゴの「サタデイ・イン・ザ・パーク」という曲でした。”I think it was the fourth of July”とロバート・ラムが歌っていました。
夢と希望があった建国200周年
この歌が発表されたのは1972年で、建国200年の4年前でした。その間、ウォーターゲート事件があって、ニクソン大統領が辞任(74年)するなど、米ジャーナリズムの威力は健在でした。それに1970年代の米国の文化はまだまだかなり魅力的で、「イージー・ライダー」や「真夜中のカウボーイ」「ゴッド・ファーザー」「タクシー・ドライバー」「ディア・ハンター」などアメリカン・ニューシネマの全盛期でした。反体制的で、ダーティーヒーローが悲劇的な結末を迎え、奥が深い社会派シネマの名作が生まれました。
音楽も絶好調で、イーグルスやエアロスミス、キッス、ドゥービー・ブラザーズ、スティービー・ワンダー、ジャクソン5らが世界の音楽を牽引し、極東の人間にも影響を与えました。
それが今や、米国は、自由と民主主義の希望に溢れた国ではなく、一人の身勝手な、国際法を無視する王様を元首と仰ぐ「トランプの、トランプによる、トランプのための」私的な横暴国家になってしまい、empathyすら浮かびません。映画も、ありきたりの勧善懲悪のヒーローものの安っぽいハリウッド映画より、是枝裕和や濱口竜介監督ら邦画の方が遥かに見応えがあるし、今の米国発の音楽も、テイラー・スウィフトもレディー・ガガもかなり頑張ってはいますが、ま、「ああ、そうですか」てな感じで、むしろ、J-POPの方が遥かに魅力的なアーチストが出ています。
米国の負の歴史
そもそも、1776年に13州で、黒人奴隷を解放しないまま独立した米国は、その後は、覇権主義といいますか、膨張拡張主義一直線です。ネイティブ・アメリカン(インディアン)を虐殺して建国した「血の歴史」は書き換えることは出来ないことでしょう。フランスからルイジアナなどを割譲され、米墨戦争でカリフォルニアやテキサスなどを手に入れ、今でもそのまま、ヴェネズエラやキューバやグリーンランドに触手を伸ばしています。250年前からエートス(心因性)は、全く変わっていません。
1853年、ペリーによる「艦砲外交」で嫌々に開国させられた日本は、欧米に学んで富国強兵の道を歩んで、挙げ句の果てには、アジア・太平洋戦争での歴史的大敗北で、今でも国内に米軍基地を「思いやり予算」などで提供する半属国のような国になってしまいました。「米国がくしゃみをすれば、日本は風邪を引く」関係ですから、いつまでも上目遣いでおべっか使って、米国様に土下座外交するしか、日本は生き延びる道もなくなってしまいました。
文化独立国家宣言
しかしながら、80歳の誕生日にホワイトハウスで格闘技を興行したり、暗号通貨で莫大な利益を得たりするトランプ大統領に無闇に追随するのは、もう考えものです。
せめて、日本は文化的な面で平和に独立しようじゃありませんか。もう堅いゴワゴワした暑苦しいジーンズなんて履く必要はないし、中毒性のある黒茶色の飲料水なんかも飲む必要はありません。ハンバーガーのチェーン店に行かなくても良いじゃありませんか。
玄米食や和食を中心にして、たまには高級な抹茶を飲み、伊藤若冲や葛飾北斎らを愛でて、日本の歌謡曲を聴く。和歌や俳句を嗜むのも良いでしょう。
建国250周年を機に、日本は、国家予算(税金)を軍備増強に当てるよりも、文化独立国家を優先にするべきです。

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