野崎六助著 「元祖スキャンダリスト 黒岩涙香」(文春新書)を読了しました。黒岩涙香は、ジャーナリストの大先輩ですから、大いに期待して読んだのですが、少し隔靴掻痒の感がありました。
確かに、「赤紙」と揶揄されたスキャンダル新聞「萬朝報」を創刊した「マムシの周六」こと黒岩涙香の「全仕事」を辿った力作ではありますが、「もう少し深掘りしてくれたらなあ」と思うことが度々でした。でも、読み通すと、実は、結構、深掘りしていて、涙香による「巌窟王」や「臆(ああ)無情」など仏小説を抄訳した連載小説家としての文学史的価値なども探ったりしていて、決して、浅薄なことが書かれていたわけではありませんでした。
何で、度々、途中で「もっと深掘りしてくれたらなあ」と思ったのは、著者の書き方のせいだと思いました。
伊藤博文の引用が中途半端
例えば、明治の政財官界から文学界に至る有名人が何人かの妾(愛人)を囲っていることを暴いた連載「蓄妾の実例」は、「涙香=萬朝報のベスト・オブ・ベストの作品だ」と著者は最後の方で書いておりました。そこで、明治の元勲伊藤博文について書かれたことを引用します。
▲(七〇)大勲位侯爵伊藤博文の漁色談は敢えて珍しからず世間に知られたる事実も亦甚だ多しと雖(いえど)も茲に記する事実の如きは珍中の珍、秘中の秘たる可し。(後略)
と、著者はこれだけしか引用してくれません。そして、この後、勿体ぶった調子で、「伊藤の分はあまりにも長いので、書き出しのみを抜いた。」と弁解するのです。
ちょっと、待った〜。首相まで務めた伊藤博文の「蓄妾の実例」こそ、本書の肝じゃありませんかねえ?記事の全文引用するべきでした。
読者が置いてけぼりに
もう一つ、作家二葉亭四迷をインタビューした「陸沈堂」の署名記事である萬朝報の「文客歴訪」を第二章で取り上げています。しかし、読み進めていく途中で、(陸沈堂とは何者か?気になるところだが、答えは第四章「萬朝報悪党列伝」の該当箇所まであずけよう)と出てきて、読者は置いてきぼりされてしまうのです。あくまでも最後まで読み通させようとる著者特有の書き方なのかもしれませんが、私のようなせっかちな人間は「早く、言ってよ〜」と叫びたくなりました。
日露戦争の開戦に関して、当初、「反対」の立場で論を張っていた萬朝報は、黒岩涙香の「鶴の一声」で、「大賛成」に転向します。この結果、内村鑑三、幸徳秋水、堺利彦が紙面で「退社」を告知する有名な事件が起きました。この頃の萬朝報紙は、東京で一番の売り上げ部数を誇る有力紙になっていたのでその影響は大きいものでした。
幸徳秋水は何故、処刑されたのか?
とはいえ、萬朝報の「お里」は探訪記者を張り巡らせたスキャンダル新聞であり、反権力紙でもありました。特に、先述した「蓄妾の実例」で私生活を暴かれた文豪森鴎外だけでなく、多くの有力政治家は、記事を書いた記者たちには恨みを抱いていたと言われています。
萬朝報退社後、「平民新聞」を創刊した幸徳秋水は、1910年の大逆事件で処刑されました。事件はでっち上げの思想弾圧・冤罪事件でした。幸徳秋水は萬朝報の記者時代から当局から目を付けられていたと言われますから、恨みを持った政治家が「いつかあいつを貶めてやろう」と画策したのかもしれません。この真偽も含めて、その辺りをもう少し詳しく、この本で触れて欲しかったなあ、と思いました。

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