「平和のコスト」より戦争した方が手っ取り早い? 本郷和人著「インテリジェンス関ヶ原」を読んで

本郷和人著「インテリジェンス関ヶ原」(文春新書) keiryusai.net 書評
本郷和人著「インテリジェンス関ヶ原」(文春新書) keiryusai.net

 本郷和人著「インテリジェンス関ヶ原」(文春新書) を読んでおりますが、これが実に面白い!「週刊文春」に連載中(2025年9月11号〜26年2月12日号)の頃、飛び飛びながら、チラチラと読んでおりましたが、全部に目を通していたわけではなく、加筆されて新書版になったので早速購入しました。

戦争による決着

 敢えて先に結論めいたことを書いてしまいますと、徳川家康は1600年の関ヶ原の戦いの前に、多数派工作等によって既に「天下人」になっていたのに、敢えて「戦争」による決着を望んだというのが、私にとって、この本のポイントだと思いました。

 家康といえば、幼少時代から今川義元の人質になったり、正妻や嫡男を自害に追い込まれたり、戦争に明け暮れたりしたため、泰平の世を心から望む「平和主義者」のイメージが私には強かったのですが、やはり。戦国時代に生まれた時代人でした。この点について、後述するとして、その前に、関ヶ原の戦いの要因ともなった豊臣秀吉とその時代に触れなければなりません。

秀吉の死後の内紛

 秀吉は大判振る舞いの人でした。秀吉自身の所領は220万石だというのに、関東に移封させた家康には250万石も与えているのです(他に、毛利輝元120万石、上杉景勝120万石など)。秀吉晩年の朝鮮出兵は、明らかに、既に亡くなった弟秀長ら周囲に止める人がおらず、気の触れた狂人(差別用語)の振る舞いなのではないか、などと私なんか思っていましたが、日本国内は、既に大名らに報奨として与える所領が枯渇しており、秀吉は、海外にそれを求めて計算が働いていたということをこの本で知りました。

 秀吉の死後、朝鮮出兵の責任問題等を巡って、石田三成ら兵站を担った「文官」の奉行と、前線で戦った加藤清正ら「武官」との対立があったり、秀吉の遺命に背いて、家康は有力大名と縁戚関係を結んだりしたこと等が関ヶ原の戦いの火蓋を切る遠因になりましたが、この話は長くなるのでこの本を是非お読みください。

禅譲の代償

 先に、「家康は多数派工作等によって既に『天下人』になっていたのに、敢えて『戦争』による決着を望んだ」と書きましたが、その理由の一つがこういうことです。「第八話 『無血』というコスト」に詳しく書かれていますが、戦国時代ですから、このままナアナアで済ませて、「禅譲」の形で「偽りの平和」を築いても、かえって高くつくというのが著者の本郷氏の「仮説」です。

 その例の一つとして、肥前佐賀藩の鍋島家を挙げています。もともと肥前国は龍造寺隆信によって統一されましたが、息子の政家の代に、秀吉によって命じられた国人一揆の鎮圧に兵を出さないなどしたため、咎められて、国の政(まつりごと)は隆信の義弟である鍋島直茂が見ることになりました。時は下って、龍造寺政家の実子の高房が若くして自害したため、鍋島直茂の嫡男、勝茂が新たな領主になりました。

 戦わずして、平和裡に、一種の「禅譲」という形で領主が交代しましたが、その代償として鍋島家は龍造寺一門に大盤振る舞いをしなければならなくなりました。肥前=佐賀藩35万7千石のうち、鍋島家の本藩が持つ所領は全体のわずか6割しかなかったのです。福岡藩や広島藩は8割以上、多くの支藩を持つ長州藩でも7割弱ありました。

 しかも、関ヶ原の戦いの後の話にはなりますが、鍋島勝茂は、一時、西軍についてしまったため、所領は安堵されたとはいえ、家康の養女菊姫を送り込まれ(勝茂の嫡男、元茂と政略結婚)、元茂は廃嫡されて支藩の小城藩が与えられて、菊姫との子である忠直が跡継ぎとなり、他の男子にも蓮池藩や鹿島藩の支藩を作らされて、無血外交の「平和のコスト」が高くついたというのです。

 本郷氏は「現代では『戦争』の方が『平和』より安上がりだ、などという議論は、人道的な側面でも、外交、経済的な面からも受け入れ難いものがあります。しかし、戦争が常態だった戦国時代では、現代とは前提が大きく異なることは踏まえておかなければならないでしょう」と書いております。

現代も戦国時代と同じ?

 これを読んで、私は現代でも同じではないかと思いました。ロシアによるウクライナ侵攻、米国とイスラエルによるイラン侵攻等がその良い例です。特に、米国のトランプ大統領は当初、「平和主義者」だと思われ、そのように振る舞って来ましたが、今年に入って、急にベネズエラに侵攻したりして戦争による武力の牙を剥き出しにするようになりました。

 となると、米国はいまだに戦国時代が続いているんじゃないかと思いました。米国内では、秀吉による「刀狩り」のようなことは出来ず、市中に物騒な銃が出回り次第で、銃乱射事件で深刻な悲劇がいまだに続いていますし、トランプ氏も戦国時代の武将と同じように、「平和のコストの方が高くつく。米国は、世界一の武力を持つから戦争した方が早い」と確信したのかもしれません。

 勿論、戦国時代じゃあるまいし、私はこんな無謀な見解には否定的です。

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