11月20日に発売されたばかりの名越健郎著「ゾルゲ事件 80年目の真実」(文春新書)を読み始めました。まだ前半の途中ですが、最先端の研究成果が網羅され、恐らく現在手に入る、約200冊と言われるゾルゲ事件関連本の中で、最も整理された良くまとまった本だと思います。しかも、平易に書かれているので、初心者でも誰でも読みやすいと思います。
著者の名越氏は拓大教授ですが、東京外国語大学ロシア語科から時事通信社のモスクワ支局長などを歴任したマスコミ出身の研究者です。余談ながら、私の大学と会社の先輩で個人的にも面識があるので、書評の手がかなり甘くなってしまう、つまり盛ってしまう傾向があることは直ぐバレると思われます(笑)。
プーチン大統領はゾルゲを敬愛
2022年にウクライナに侵攻したロシアのプーチン大統領は、2020年10月7日の68歳の誕生日の際のインタビューで「高校生の頃、ゾルゲのようなスパイになりたかった」と初めてゾルゲを敬愛していることを明らかにしたことから第1章を始めています。以下、ロシア国内では50都市で「ゾルゲ通り」が命名されたり、ゾルゲに関する映画や小説やドラマが盛んにつくられたりする有様がとてもジャーナリスティックな視点で描かれています。KGB出身のプーチンは実は「凡庸なスパイ」で、階級も中佐どまりで終わりましたが、それが逆に大統領に昇り詰める原動力になったとも言われます。プーチン大統領が敬愛するゾルゲはロシアの愛国主義教育に利用され、過去の遺物ではなく、現在では蘇って生きていることになります。
日露戦争で暗躍した仏人スパイ
私は、書籍はまず「あとがき」から読む癖があるのですが、本書の「おわりに」を読んで吃驚しました。日本を舞台にしたロシア・ソ連による諜報活動は、第2次世界大戦前夜に始まったわけではなく、既に日露戦争前夜から展開されていたというのです。ゾルゲは、ドイツのフランクフルト・アルゲマイナー紙などの記者を隠れ蓑に諜報活動を行いましたが、日露戦争で暗躍したスパイもそれとそっくりで、仏紙フィガロの記者バレという人物でした。1904年6月から情報活動を開始し、御前会議での討論内容や元老院の決定、それに奉天会戦の準備予告まで打電していたといいます。
ゾルゲが得た御前会議での内容は、元朝日新聞記者の尾崎秀実からもたらされましたが、五百旗頭薫東大教授の説を孫引きしますと、尾崎に当たる人物は、「経国美談」などの著書がある明治のジャーナリストで政治家の矢野龍渓の可能性が高いといいます。矢野は、伊藤博文や大隈重信と親交し、新聞に日露戦争に関する論考を寄稿していたといいます。
何たる一致! とても偶然だとは思えません。
このバレ記者について、名越氏はフィガロ紙の東京支局に問い合わせたところ、その名前の人物は見当たらなかったといいます。そこで、バレbalaiは、フランス語で「箒」意味することから、バレとは情報をかき集めるコードネームではないか、と名越氏は推測していました。私は学生時代にフランス語を専攻していたので、この記述を読んで本当に驚いてしまったわけです。
日本は「スパイ天国」だと言われていますから、こういう話を読むと、今でも身近に諜報員が暗躍していると確信してしまいます。
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