八五郎 親分、てーへんだ、てーへんだあ〜。歌川広重、葛飾北斎、喜多川歌麿らの浮世絵版画7点も頂戴してしまいました。
銭形 一体、どうしたって言うんだ!
八五郎 へい、アッシが日頃、心掛け良いっていいますか、毎日のように日乗録に「浮世絵が欲しい」「浮世絵が欲しい」って書いていたら、天から浮世絵が降って来たんでっさ。天と言っても、実は、天の神さまみてえなお人で、「とにかくタダで良いから引き取ってくれ」て言うんでさあ。
銭形 わけが分からねえなあ。もうチト、詳しく話を聞かせてみろや。
八五郎 へい。日頃、アッシの日乗録に話題を提供してくださる宮さんが「八五郎さんの日乗録を読むと、浮世絵に対する愛情と言いますか、関心が深いことがよく分かります。こういう人ならウチの家宝を預けたら安心出来ます」と仰るのでさあ。しかも、タダで贈答するて言うんでさあ。しかし、幾ら何でもタダじゃアッシでも気が済みません。何しろ、先日、パリで開かれた競売で、喜多川歌麿の「深く忍恋」が8800万円で売れたらしいでっせ。そんな高価なら、幾ら何でもタダで頂けません。しかし、どうやら宮さんの浮世絵は、原本ではなく復刻版だっちゅうんでさ。ますますよく分からん。そこで、中山道の上尾宿の一膳飯屋で、こちとらが飯代を持つから話だけでも聞かせくれ、てな具合で出掛けたんでさ。
銭形 ほー、何か、面白え展開になって来たじゃねえか。

八五郎 へえ、その通りでさ。宮さんは今から50年前に山田書院という出版社に勤めていて、そこで、浮世絵の制作、出版、販売を手掛けていたそうです。今はもう、山田書院は無くなりましたが、実際に浮世絵版画の制作を手掛けていたのが元浅草の梶川工房という工房で、残念ながらこちらも今もないそうで…。親分、ご承知の通り、浮世絵制作には、原画制作者、彫り師、刷り師の共同作業で、最後は版元が売ります。伝統芸ですから、需要がなくなると、こうした職人がいなくなり、ますます浮世絵工房が無くなっていきます。今あるのは、江戸ではアダチ版画研究所や高橋工房、京都では芸艸堂(うんそうどう)など数件ずつしか残っておりません。
銭形 そっか。そりゃ残念だなあ。
八五郎 宮さんは、浮世絵を刷る和紙で、国内でも最高品種である「越前生漉奉書(えちぜんきずきほうしょ)」を求めて越前(福井)まで行かれ、四代目岩野市兵衛に会って来たそうです。今は九代目になり、人間国宝に選ばれておりまする。宮さんの所持する浮世絵は原本ではなく、復刻版です。しかし、とーしろう(素人)には区別が付かないことでしょう。唯一、区別できるのが和紙で、江戸時代の和紙はもう少し柔らかいので、触ったら分かるというのです。
銭形 なるへそ、なるへそ。
八五郎 復刻版とはいえ、出どころはしっかりしているので競売に掛ければ、高値が付きます。宮さんによると、この浮世絵の来歴は、版画制作=梶川工房(浮世絵木版画彫摺師三代目梶川芳雄=重要無形文化財技術保持者)、和紙=越前生漉奉書工房、四代目岩野市兵衛(人間国宝)、彫師=前田謙太郎、小池茂、伊藤進、摺師=伊藤勝之助、梶川矢太郎、星野春松、青柳清次…としっかり名前まで残っております。今流行りの「いんたあねっと」やらによると、既になくなった「梶川工房制作、山田書院発行」の浮世絵は評判が高く、復刻版でも高値で取引されております。
銭形 分かった、分かった。けんど、何で、お前がそんな高価なもんをタダで貰えたんだあ?
八五郎 いえね、話を聞いたら、宮さんもタダで仕入れたと言うんです(笑)。浮世絵は一作品につき、200枚刷るらしいんですが、最初の「初刷り」と呼ばれる一枚は、「試し刷り」みたいなもので、その色具合や和紙全体に刷られる釣り合いなんぞを確認するそうなんです。よって、初刷りは処分されてしまうそうなんです。出版社の若手社員だった宮さんは、それでは勿体ない、ということで、初刷りを上司に断って譲り受けて、50年間、大事に仕舞っておいたんですって。

銭形 しかし、宮さんとやら、カミさんもいれば、お子たちやお孫さんたちもいるんだろう。家宝なら、そういう人たちに継げばいいじゃねえか。何で、赤の他人のおめえにくれてやるんだえ?
八五郎 それがですね。カミさんも、お子たちも全く興味がなくて、「捨ててくれ」とまで言うんだそうです。だから、アッシが引き取ることを決意したら、宮さんも「助かった、助かった」って、大喜びでさあ。
銭形 そうかい。ま、人様にはそれぞれ事情ってもんがあるからな。じゃ、これで、万事めでたし、めでたし、てなことじゃねえか。

八五郎 復刻版とはいえ、間近で手に取って見ますと、凹凸が浮き出ていて、色具合も見事なほど鮮やかです。こんなの、離れた所で、暗い美術館で見たり、写真で見たりしても、分かりません。間近で手に取ってみて初めて分かるのでさ。眺めているだけで、至福のひとときでさあ〜。フランスのクロード・モネやオランダのフィンセント・ファン・ゴッホらが浮世絵を模写したくなる気持ちが初めて分かりやんした。

コメント