前回、4年ぶりにリニューアル・オープンした「江戸東京博物館」を訪れた話を書こうとしたら、切符を買うまで長蛇の列でしたので、話が脱線してしまいました(苦笑)。

江戸東博は、両国駅からすぐ傍なのに、広大な敷地です。特別展「大江戸礼賛」(1階)と常設展(6階)を回りましたが、2時間以上も掛かり、結局、常設展の最後の方の「明治以降」は、疲れ果てて、駆け足で通り過ぎて終わってしまいました。常設展だけでも十分な気がしましたので、またもう一度、挑戦してみようかと思いました。

この博物館の広大な敷地が過去何だったのか、調べてみたら、江戸時代初期は、陸奥弘前藩の上屋敷などだったんですね。その後、幕府に返上され、明暦の大火(1657年)の後は「本所」と呼ばれる被災者の移転先の開発地になったといいます。両国一帯は、町屋や抱屋敷などが連なる新開発地となったわけです。

両国という地名は、武蔵と下総の国の堺の隅田川に架けられた両国橋から来たものです。この両国橋の西詰には、火除けのための両国広小路も設けられました。ここには、寿司や蕎麦の露店や落語や講談などの見せ物小屋があったそうです。凄い賑わいだったことでしょう。
今回の「大江戸礼賛」のチラシ=写真=に多くの群衆が押し寄せてデフォルメされた両国橋が描かれています。これは、橋本貞秀が描いた「東都両国ばし夏景色」で、享保年間から始まった両国の花火大会です。もしこの浮世絵のように大多数の人々が橋に押し寄せていたら、橋は崩落したはずだと思わせます。

江戸東博の近くには、勧進相撲が定期的に行われた回向院や、忠臣蔵の仇討ちの現場となった吉良上野介の邸宅や葛飾北斎の生誕地などがあり、歩いていても江戸文化の薫りに浸れる所なので、ちょうど良い場所に江戸東博が建設されたわけです。最高の立地です。

見ものは、江戸の街を再現したミニチュアです。神田祭りの本物の?山車も展示されていて、その大きさに圧倒されました。
相撲興行も歌舞伎も落語、講談も江戸文化で華開き、現在でも通じでいるところが凄いです。考えてみれば、江戸時代はわずか150年ちよっと前のことで、つい最近のことです。私はこの博物館に一日居ても、飽きないのですが、ランチ時になり、燃料も切れたので、途中で切り上げて、Sさんとお目当ての老舗蕎麦屋「ほそ川」に向かいました。博物館から数分です。

「ほそ川」は、「食べログ」の「百名店」を獲得したり、15年連続ミシュランガイドに掲載されたりしている人気店なので、外国人観光客も多く、もう午後2時近くだというのに店前はまだ行列です。我々から15分ぐらい後に来た1組のカップルが並びましたが、ここで、「品切れ」でオーダーストップになりました。
結局、ここでもまた30分以上並びましたが、Sさんがいたお蔭で、有意義なおしゃべりをして待ち時間を潰すことが出来ました。やっと待望のテーブルに案内され、この店の名物の「穴子天せいろ」を注文したところ、後から、「穴子はもう品切れでした」と言われてしまいました。その代わりにアスパラの天麩羅を勧められたので、それと、せいろと熱燗1合を注文しましたが、何と合計4350円もしました。駅の立ち食い蕎麦より高いですねえ〜(笑)。

お蕎麦は、他店とは比べ物にならないぐらい流石に美味でしたので、江戸っ子の通になった気分で、堪能することにしました(笑)。

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