第56回諜報研究会「この危機―100年間業界リーダーだった朝日が克服できるか」

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第56回諜報研究会

 3月23日(土)、東京・早稲田大学で開催された第56回諜報研究会(インテリジェンス研究所主催、早大20世紀メディア研究所共催)に久しぶりに参加して来ました。前回の第55回諜報研究会は昨年12月でしたから、実に3カ月ぶりです。

 今回のテーマは、「この危機―100年間業界リーダーだった朝日が克服できるか」でした。私自身もマスコミ人として業界の隅っこで棲息し、メディア論についてはかなり関心がありますので、大変楽しみにして参加しました。

第56回諜報研究会(インテリジェンス研究所主催) 矢吹孝文氏のレジュメ
第56回諜報研究会(インテリジェンス研究所主催) 矢吹孝文氏のレジュメ

 最初に登壇されたのは矢吹孝文氏(インテリジェンス研究所理事、朝日新聞社経営企画本部)で、演題は「新聞メディアの生存戦略 ~朝日新聞社の事例から」(参考資料)でした。朝日新聞といえば、日本代表するメディアであり、テーマにある通り100年間、業界のリーダーでした。そんなトップランナーの現状と将来の展望が、お話を聴いてこれほど絶望的で惨憺たるものだとは思いませんでした。勿論、惨状は知っておりましたが、ここまで酷いとは思いませんでした。

朝日新聞、発行部数20年で半減

 それは発行部数に如実に表れています。2003年、朝日新聞は800万の部数を誇っていましたが、その20年後の現在(2023年9月)は紙媒体が357万部、有料デジタル購読会員が30万で、合計387万部。私は悪くても400万部は確保していただろうと思っていたら、実に20年間で半数以下になっていたのです。売上高は、2008年3月期が5729億円だったのが、2023年3月期は、2670億円と15年で半減です。他の細かい決算数字は省略しますが、実に「坂道を転げ落ちるように」といった比喩が相応しいのです。

 日本新聞協会の調査データによると、全国の新聞発行部数は、2003年は約5200万部でしたが、2023年は約2800万部です。講師の矢吹氏は「このままのペースでいけば、2035年の発行部数はゼロに近くなってしまいます。朝日新聞は2029年に創刊150周年を迎えますが、無事迎えられるかどうか…」と本音を漏らしていました。

 勿論、マスコミの中でも最も優秀な人材が集まる朝日新聞ですから、手をこまねいているわけではありません。よく知られているように、副業の不動産業に力を入れたり、昨年は科学誌「ニュートン」を買収したり(同社としては130年ぶりのメディア買収)、ポドキャストやオンラインイベントやオンライン通販を開設したりしています。しかし、それでも、「焼石に水」のような状態で、一番経費が掛かる本業である新聞の記者を早期退職で削減したり、全国と海外の支社、支局を閉鎖せざるを得なくなっています。経費削減にはなりますが、結果的には記事の質の低下という悪循環にハマることになります。

 天下の朝日新聞がこういう状況ですから、他の有力紙も同じかもっと厳しい状況です。夕刊をやめる地方紙も増えて来ました。これは大変由々しき問題です。単にメディアの衰退ということだけでなく、「ニュース砂漠」現象が起き、権力のチェック機関として働いていたマスコミの衰退によって為政者の汚職も明らかにされることなく、民衆も政治に関心を持たなくなって選挙にさえ行かなくなる悪循環が生まれることになります。

第56回諜報研究会(インテリジェンス研究所主催) 澤康臣専大教授のレジュメ
第56回諜報研究会(インテリジェンス研究所主催) 澤康臣専大教授のレジュメ

 この辺りを鋭く分析したのが、次に登壇した澤康臣専修大学教授でした。演題は「新聞ジャーナリズムの現在地とこれからの役割」でした。澤氏はもともと共同通信社で長らく司法(裁判)記者を務めていた人でしたので、当然のことながらマスコミ業界の内情には通じていて、危機感も人一倍持っている方でした。 

 澤氏は普段、若い学生と接しているので、「新聞離れ」と言われる若者たちがどういう風にニュースに接しているのか、教えてくれました。今の若者たちは、スマホでSNSを通してニュースに接する人が圧倒的に多いというのです。そうなると、自分の読みたいニュースだけを読み、自分と同じような意見を持つ人の記事を読んで納得し、再確認するだけの作業で終わってしまいます。つまり、澤氏によると、” a common set of facts”(皆共通の話題や問題)が成立しないというのです。澤教授が授業で強制的に?学生に新聞を読ませて感想を書かせると、「思った以上に読み易く、色んなことが書かれている」とか「(SNSは偽情報が多いが)新聞なら裏付けのある情報が早く得られる」とか「タイパが良い。スマホが発明されなければ良かった」などと書く学生もいたといいます。

 しかし、こういう意見を持つ若者は、大学の新聞学科の学生ぐらいで、ほんのわずかでしょう。ほとんどの若者たちは、記事を書くのに裏付けを取ったり、嫌がる人でも無理やり答えを引き出そうと努力したりしている記者の苦労は知らず、ニュースは「タダ」だと思い込み、しかも好きなニュースだけに接しているというのです。澤氏に言わせれば「自分好みの島にいるだけで、快感に浸っている」というわけです。

 強烈な危機感を持っている澤教授は、世界各国で新聞社が倒産している現状について、こう分析しました。「これはメディアがつぶれるかどうかという問題以上に民主主義の問題です。米国のジャーナリズム賞で有名なピュリツァー賞で知られるピュリツァーはこんなことを言ってます。『民主主義とジャーナリズムはともに栄え、ともに滅びる』と」

 確かに仰る通りですね。先のロシアの大統領選挙では、プーチン氏が87%の得票率で圧勝したと伝えられましたが、果たしてロシアは健全なジャーナリズムが働いているのかどうか、そして、反体制派を排除していないのか、ロシアは健全な民主主義国なのかどうか、国際世論は疑惑の目で見ております。

報道機関への対価はすずめの涙

 澤氏の講演で最も興味深かったのは、デジタル広告の収益費です。例えば、日本で一番閲覧数が多いポータルサイト、ヤフーの場合、報道機関に支払われる金額は、1000ページビュー(pv)当たり、49円から251円。平均で124円だというのです。あまりにも少額です。新聞記者が汗水たらして足で稼いだ記事が二束三文で売られているといった状況です。公正取引委員会も「ポータル側が優越的な地位を利用して契約を一方的なものとすれば独禁法上の問題(優越的地位の濫用)になりえる」と警告しているといいます。

 このように、新聞社などコンテンツを製作する側にわずかしか支払われないと、このまま良質なコンテンツを提供するメディアが存続しなくなると、澤氏も警告します。pvだけが全てとなると、自分で取材せず、写真も撮らず、面白おかしくSNSの投稿などを勝手にまとめた、しかも普通の素人のサラリーマンでも簡単に早く出来る信憑性の薄い記事だけが持て囃されることになります。

 澤氏の講演で初めて知ったのですが、広告主側は自社の広告が載る記事を選べないそうですね。AIかアルゴリズムか知りませんが、コンピュータが自動的に見る側の趣味趣向や年齢性別なども加味して広告が配信されているようです。となると、広告主は直接、質の良いメディアを選んで、そこと契約して広告を掲載すれば問題はありませんが、軽薄なサイトや子どもたちに見せたくないようなサイトに広告が掲載される可能性もあるというのです。

 問題はあまりにも深く、残念ながら、私自身も具体的な解決策が見つかりませんが、このままでは「地獄」が待っています。今回は、多くの人に危機意識を共有して考えてもらいたいと思いました。

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