過日、NHKで放送された「映像の世紀」で、米大統領直轄の情報機関「CIA」の暗躍ぶりを如実に活写しておりました。1953年、イランで石油国有化を宣言したモサデク政権を巧みな世論操作と秘密工作で転覆させ、1956年のハンガリー動乱では、「ラジオ・ヨーロッパ」を使って反体制派を宣撫して運動を拡大させ、1973年には、南米チリで社会主義政権を樹立したアジェンデ政権打倒を画策し、軍部に莫大な資金を与えるなどしてクーデターに関与し、親米政権に転換させ、フリードマン門下の「シカゴボーイズ」たちに新自由主義経済を実践させていく有様を見せつけておりました。
いずれも、世界の自由と民主主義への支援という大義の下、米国が極秘に行った他国への内政干渉ですが、1月20日に第47代大統領に就任したトランプさんは「自国第一主義」です。だから、「もうそんなことはしないだろう」と考えてしまっては浅はかの夜は更けてしまいます。
日本の政権とCIA
共同通信のワシントン特派員など米国で3度、通算12年間特派員を経験し、米国立公文書館などで大量の極秘文書を発掘した春名幹男氏の「秘密のファイル CIAの対日工作」(上下、新潮文庫)を読むと、戦後の日本の政権はCIAによる秘密工作で樹立したんじゃないかと考えざるを得なくなってしまいます。
特に、CIAと結びつきが強かったのが、「昭和の妖怪」と言われた元首相の岸信介です。春名氏は、政治資金として「岸にCIA資金が渡されたのは確実だ」と書き、1995~97年に国務省の「歴史外交文書諮問委員会」のメンバーだったマイケル・シャラー・アリゾナ大学教授や対日工作に直接関与したCIAの元幹部らから直接証言をとって、裏付けしています。
春名氏は、そこまで書いておりませんが、米国の資金で政権をとったとなれば、傀儡政権みたいなものです。米国も反米主義の政治家に援助するわけがなく、自分たちの言うことを聞く、都合の良い親米主義の政治家に資金提供するはずです。日本は軍事クーデターなど流血沙汰で政権が樹立されるわけではなく、極秘工作で親米の政権が気が付かないうちに樹立されている、ということになります。勿論、日本の国民に対して、アメリカンドリームの素晴らしさやサブカルチャーの面白さを伝えて、「戦後民主主義」の利点と共産主義の怖ろしさを植え付け、親米へ情報操作します。逆に言えば、親米でなければ、政権がもたないということになります。
例えば、1956年に樹立した反軍国主義で自由主義者の石橋湛山内閣は、わずか65日間の短命で終わりました。石橋首相の病気が理由でしたが、70歳だった石橋氏は、その後、18年間生き、亡くなったのは88歳の時でした。
約束を反故にした岸信介首相
岸信介首相は1959年1月16日、東京・帝国ホテルで、大野伴睦自民党副総裁と河野一郎総務会長と実弟の佐藤栄作蔵相の前で「安保改定の実現に四者は協力し、岸政権の後継総裁には大野副総裁を推す」との誓約書に署名しました。この時の立会人が、どういう経緯か知りませんが、萩原吉太郎北炭社長、永田雅一大映社長、右翼の大物児玉誉士夫の3人でした。大野伴睦は昨年亡くなったナベツネこと読売新聞の渡辺恒雄主筆が政治部番記者として総裁に推していた人物でしたね。大野総裁=首相が実現しなかったのは、岸が約束を実行しなかったからでした。
また、岸首相は1960年6月、岸内閣退陣を前に、自民党総裁選に出馬した藤山愛一郎外相を推さず、見放しました(総理総裁になったのは、吉田茂の子飼いの池田勇人通産相)。A級戦犯で巣鴨プリズンに収容された岸は、釈放後の苦難の時代に金銭的に面倒を見てもらったのがこの藤山でした。愛一郎は藤山コンツェルンの2代目でした。「秘密のファイル」の春名氏も「藤山の支援がなければ、戦後の政治家・岸はなかったかもしれない」と書くほどです。それなのに、何故、岸は藤山を裏切ったのか?春名氏は続けます。
岸は、米政府の「藤山不信」を何らかの形で知った可能性がある。岸が変心して、かつての同志藤山を支持しなかった理由の一つが、その辺にあったとしたら理解しやすい。
「秘密のファイル」下 418ページ
やはり、岸信介は、米政府に都合の良い人物を優先したわけですね。この史実から、我々現代人は一体何を学ぶことができるのでしょうか?
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