不幸は連鎖してしまうのか?

広島原爆ドーム Wikimedia Commons 歴史
広島原爆ドーム Wikimedia Commons

  先日放送されたNHK「映像の世紀 ふたつの敗戦国 日本 660万人の孤独」の中で、敗戦後、満洲(現中国東北部)から命からがら日本に帰還できても故郷に居場所がなく、辺境の地で開拓に乗り出す人々がいたことを知りました。その中で、福島県浪江町で重労働の開墾作業の末、やっと安住の地を得たと安心していた家族が、東日本大震災と福島原発事故の影響で帰還困難地域に指定されて避難を余儀なくされた家族も映し出されていました。

 こんなことってあるんですね。生まれた時代と運命のせいなのかもしれませんが、彼らだけが何故、二重も三重も労苦と災難に遭遇しなければならないのでしょうか。涙なしでは見られませんでした。

 そう言えば、最近もそういうケースがありました。能登半島地震の罹災者の皆さんです。今年1月1日、最大震度7、マグニチュード7.6の大地震に襲われ、412人(10月29日現在、内閣府調べ)の方が亡くなった災害でしたが、あろうことが9月21日に能登半島を襲った豪雨で河川の氾濫や土砂崩れが起き、14人の方が亡くなり、お一人が行方不明になりました。まさに、表現が悪いかもしれませんが、踏んだり蹴ったりです。

 不幸というものは連鎖してしまうのでしょうか? 昭和20年8月6日、民主党トルーマン政権の米軍による広島原爆投下で被爆した人が、8月9日の長崎原爆で再度被爆された方もいらっしゃったという話も聞いたことがあります。AIによる概要によると、その人はー

山口彊(つとむ)さん:広島で被爆したのち、長崎でも被爆した二重被爆者として知られています。広島出張中に被爆し、長崎にいる妻や娘に会いたいという思いで救援列車に乗り長崎まで帰りました。長崎三菱造船の事務所で同僚に広島での出来事を伝えているとき、再度長崎に投下された原爆によって被爆されました。

 ということでした。

 これまた不謹慎な言い方ですが、二重被爆などという確率は、宝くじが当たる2000万分の1どころか、何億、いや何十億分の1でしょう。いや、100年に1度起きるかどうかの確率です。表現の仕方が悪くて大変申し訳なかったのですが、本当に「神や仏もないものか」と天を恨みたくなるのは当然のことだと思います。

 ただし、戦争はあくまでも人災です。一人の独裁者の判断で何とでもなります。ですから、人間は常に歴史を学んでいかなければならないと私は思っています。

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