今井むつみ、秋田喜美著「言語の本質」

今井むつみ、秋田喜美著「言語の本質」(中公新書) 書評
今井むつみ、秋田喜美著「言語の本質」(中公新書)

 今井むつみ、秋田喜美著「言語の本質」(中公新書)をやっと読み終わりました。なかなか難解な本でしたが、大変勉強になりました。このブログで前回も書きましたが、こういう難しい本でもベストセラーになるとは、日本人の知的レベルも捨てたもんじゃない、ともう一度、高飛車に上から目線で開陳しておきます(笑)。個人的には、この本で、「ヒトは、対称性推論とアブダクション推論で言葉を獲得した」ということを理解しました。「対称性推論」と「アブダクション推論」と急に言われても分からないでしょうから、以下でご説明します。

対称性推論

 前半はオナマトペに注目した考察でしたが、後半になるとグッと言語の本質と核心に迫っていきます。個人的に圧巻だったのは、「対称性推論」という心理学用語です。これは、前提と結論をひっくり返してしまう推論のことで、例えば、赤(色)の積み木を◇という記号に対応させる訓練を乳児とチンパンジーに実験させた場合、乳児もチンパンジーも「赤→◇」と選ぶことは出来ますが、その逆の「◇→赤」の推論は人間の乳児は出来ても、猿のチンパンジーには出来なかったというのです。

 これを言語学に当てはめると以下のようになります。

言語の学習には、記号と対象との間の双方的な関係性を理解し、どちらかの方向(例えば記号A→対象X)の結びつきを学んだら、その結びつきを逆方向(対象X→記号A)に一般化できると想定する必要がある。ヒトの子どもが言葉を覚えるという事実は、その時点で対称性推論を行っていることを示している。

 対して、ヒト以外の動物種では、ほんの少数の(グレーな)例外を除いて対称性推論は行わない(あえて行わないのか、行えないのかは分からない)。

「言語の本質」234ページ

 これによって、対称性推論が出来るか出来ないかの違いで、言語を獲得出来るかどうかにつながると考えられます。実際、著者のグループは、生後8カ月のヒト乳児33人と、成体のチンパンジー7個体を選んで実験した結果、ヒトは対称性推論をすることを示したのに対して、チンパンジーは対称性推論が出来ないか、あるいはあえてしないことが分かったといいます(詳細は本書参照)。

アブダクション推論

 論理学では推論には「演繹推論」「帰納推論」がありますが、このほかに「アブダクション推論」があるということを本書で初めて知りました。「規則」と「事例」から常に正しい答え(「結果」)を導き出すのが演繹推論です。これに対して、帰納推論は、「事例」と「結果」から一般規則を導き出す方法で、常に正しい答えにたどり着けるわけではありません。

 アブダクション=abductionと言えば、日本人なら、すぐ「誘拐」とか「拉致」の意味かと思ってしまいますが、アブダクション推論とは、19世紀の米国の哲学者パースが提唱した推論で、古代ギリシャの哲学者アリストテレスの「アパゴーゲー」を英訳したものです。日本語で「仮説形成推論」とも「逆行推論」とも翻訳されています(本書では訳さずにそのまま、何度も「アブダクション推論」と使っています)。これは、観察データを説明するための仮説を形成する推論であり、結論となる事象に規則を適用して逆に前提を推論する方法でもあります。これも常に正しい答えにたどり着けるわけではありません。

 確かに、アブダクション推論は、非論理的で誤りを犯すリスクがありますが、ヒトはそれによって、換喩、隠喩を駆使して意味を拡張し、言語を獲得していきました。幼児は「足で投げる」「手で蹴る」といったような間違いを犯しながら言葉を覚えていくというのです。このようなアブダクション推理は、人間独特でヒト以外の動物種は、しないか、出来ないといいます。

 と、ここまで書きましたが、皆さまにはご理解頂けたでしょうか? 私はここまで書くのに大変苦労し、時間もかなり掛かりました。

後件肯定の誤謬

 最後に、本書229ページ辺りに出てくる「後件肯定の誤謬」を取り上げます。これは、原因と結果をひっくり返した論理の誤りのことを指します。例えば、銀座のある飲食店に長い行列があったりすると、大抵の人は、「美味しいから混んでいる」のではなく、「混んでいるから美味しい」と考えて、自分もつられて列に並んでしまう、といったことがあります。しかし、実は、大して美味しい店でなかったりするのです(失礼=笑)。こういうのを「後件肯定の誤謬」というらしいのですが、やはり、人間というものは、何でも考えて、何でも言語にして、何にでも名称を与えたい動物であることが分かります。

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