5月17日(土)、東京・早稲田大学で開催された第66回諜報研究会に会場参加して来ました。今回の共通テーマは「それぞれの秘密工作から学ぶもの」でしたが、大変興味深いテーマだったせいなのか、33人とかなり多くの人が会場参加されたので驚いてしまいました。というのも、いずれのおんときにか、会場参加者はわずか数人で、関係者以外の参加者は私一人という時もあったからです。
「国策パンフレット『週報』の英語版について」
いつも通り、2人の報告者が登壇されましたが、最初は土屋礼子早大教授で、演題は「国策パンフレット『週報』の英語版について」でした。

戦前の1936年(昭和11)、国内宣伝の要の手段として「週報」(週刊B5判、定価5銭)という雑誌が内閣情報委員会によって創刊され、敗戦の1945年(昭和20)まで刊行されますが、この「週報」を主に翻訳した英語版の「Tokyo Gazette」(月刊)がその翌年の1937年に刊行されます。「週報」は、当初発行部数17万部程度でしたが、1942年には100万部を突破したといいます。「Tokyo Gazette」の方は、発行部数3000部ほどでしたが、国内(1部75銭)だけでなく、海外(1シリング、または30セント)にも販売されたようです。
「週報」も「Tokyo Gazette」も今では忘れ去られ、私自身も初めて聞く話でしたが、研究者の間でさえもあまり知られていないようです。土屋教授が目下、鋭意研究の最中で、いまだ解明されていないこともあり、途中経過報告のような感じでした。
「Tokyo Gazette」の発行は日本外事協会でした。東京・内幸町の大阪ビル内にあったようですが、恐らく、現在の内幸町ダイビルだと思われます。私の昔の職場が内幸町にあったので、この辺りの地理には詳しいのです(笑)。このダイビルは1923年、大阪ビルヂングとして創立し、大阪・中之島に本館ビルを建設し、1927年に東京に進出して日比谷ダイビルを建設。1936年の「二・二六事件」の際には鎮圧部隊の司令部が設置されたそうです。昭和30年代、文藝春秋も入居していて、芥川賞・直木賞受賞パーティーもここで行われたという記事を読んだことがあります。余談でしたが。
この日本外事協会というのは、日本の対外プロパガンダ組織で1931年創立。当初は外務省の外郭団体でしたが、次第に外務省は補助額を半減し、陸・海軍がその一部の経費を負担するようになったといいます。1932年に英文季刊誌「Contemporary Japan」(3000部)を発行していたので、「Tokyo Gazette」はこの「Contemporary Japan」と記事や編集がダブらないよう苦心されたようです。「Tokyo Gazette」は、日本の敗戦で「週報」とともに廃刊となりましたが、土屋教授の調査によると、「Contemporary Japan」の方は、どういうわけか、戦後の1970年まで発行されていたようです。
「Tokyo Gazette」の内容や「Contemporary Japan」との比較など研究調査は、目下、鋭意検討中ですが、それほど対外プロパガンダ色が強くなく、あまり有効性がなかったのではないか、というお話でした。「Tokyo Gazette」の編集発行人を務めた福田市平(1886~?)と筧光顕(1886~1969年)はかなり異色の経歴の持ち主でしたが、詳細は茲では略させて頂きます。
「情報戦の現代史−ソ連崩壊からウクライナ侵略戦争まで」
次に登壇されたのは、国際ジャーナリストの春名幹男氏で、演題は「情報戦の現代史−ソ連崩壊からウクライナ侵略戦争まで」でした。

春名氏が今年2月に上梓された「世界を変えたスパイたちーソ連崩壊とプーチン報復の真相」(朝日新書)を中心にしたご報告で、私もこの本を事前に読んでいたので、話の内容は大変よく分かりました。やはり、予習が大切なんですね(笑)。会場に参加された方も千差万別で、「事前に本を読んでいなかったので、内容がよく分からなかった」という人もいれば、報告者の春名氏も知らないようなウクライナ諜報機関の極秘情報を質問ではなく、補足されたりする専門家と思われる方もいらっしゃったので、「へ~」と思ってしまいました。諜報研究会のレベルの高さに圧倒されましたが、正直、少し怖くなりました(苦笑)。
春名氏の報告は、先述した通り、新著に書かれていることとほぼ重なり、1980年代、レーガン米政権の情報機関によるソ連邦崩壊に向けた4次に渡る秘密工作や、これに対して、ロシアのプーチン大統領が報復として、ネットによる情報操作でトランプ大統領を当選させ、さらにはウクライナ侵攻に至るまでの壮大な秘密工作の経緯まで、内容は盛りだくさんでした。
トランプ氏は、かつて、カジノホテルなど不動産事業の失敗の際、どこの米銀行からも相手にされず、ロシア・マネーから救済されて立ち直った経緯がありました。米大統領に当選したのも、「親友」プーチンの秘密工作で助けられていたことも薄々知っていたようで、それが、就任以来、ロシア寄りに急カーブを切った要因だったようです。これらの秘密工作について、、日本ではほとんど報道されていませんが、春名氏は、米ニューヨーク・タイムズや英エコノミスト誌や未翻訳の文献など広く公開されたオープンソースから暴いております。関心のある方は、やはり、ネット上の根拠のない陰謀論に惑わされることなく、しっかりと取材された春名氏の新著を読むべきでしょう。
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