「西洋の終わり 揺らぎゆく権力と価値観」エマニュエル・トッド氏は予言者か?

エマニュエル・トッド氏(出典 Wikimedia commons) 歴史
エマニュエル・トッド氏(出典 Wikimedia commons)

 昨年(2025年)10月25日、フランスの人類学・歴史学者エマニュエル・トッド氏の朝日新聞社主催による講演会「西洋の終わり 揺らぎゆく権力と価値観」を申し込んだのですが、私は無名のジャーナリストのせいか、「落選」してしまい、大いにガッカリしました。そしたら、オンラインで視聴出来ることが最近になって知り、締め切り(1月15日)間際の昨日、やっとパソコンで視聴しました。

 一番驚いたことは、もう2カ月以上前の講演だったというのに、この時、既にトッド氏は「アメリカはベネズエラを攻撃するかもしれない」とはっきりと「予言」していたことです。私は、いくら何でも、米国人には理性があり、国際法を順守し、そんな山賊か海賊まがいの強盗拉致は働かないだろうと思っていたのですが、予言は当たりました。さすが、「ソ連邦崩壊」や「アラブの春」、「トランプ当選」を事前に予言した碩学だ、とトッド氏の深い学問的裏付けのある「予知能力」に感心してしまいました。

「西洋の敗北」

 トッド氏の言うところの「西洋の敗北」とは、ウクライナ戦争を引き起こした米国の敗北を意味していました。急にこんなことを言われると戸惑う方が多いと思いますが、私が昨年5月に渓流斎ブログに書いた以下の記事をご参照ください。

 要するに、欧米の西側諸国による「NATOの東方拡大」対して、プーチン・ロシアによる「報復」がウクライナ戦争という形に現れたという見方です。トッド氏も「ウクライナ戦争は、ロシアの防衛戦争だ」とまで言います。そして、米国は、軍事的にロシアに敗北するというのがトッド氏の見立てです。なぜなら、米国の人口はロシアの2•5倍もあるというのに、エンジニアの数が遥かに少ない。米国は1960年代から金融経済に移行したため、優秀な人材は金融業に向かう。そのお蔭で、エンジニアを目指す人材が減り、米国の軍事技術も衰退してしまったというのです。

プロテスタントの衰退が教育と経済の衰退を招く

 トッド氏は、日本が明治維新前後に出会った西洋の諸国で重要な国は三つあるといいます。それは、英国とドイツと米国だというのです。私は徳川幕府を支援したフランスが入るのかと思っていたら、トッドさんは、フランスはそれほど重要な役割を果たしていないといいます。ま、それは置いといて、この3国に共通することは「プロテスタントの国」だといいます。確かに英国は聖公会、ドイツはマルティン・ルターのガチガチのプロテスタント、そして米国は清教徒が主体でした。この3国のプロテスタントがどうなったのかといいますと、世俗化(脱宗教化)が進み、日曜教会にもミサにも行かなくなり、現在ではもはや「宗教ゼロ」状態になってしまったというのです。

 その結果、どうなったのかと言いますと、社会規範や道徳的規律が消え、個人がバラバラになり、現世で何をしたら良いのか、生きる意味を喪失する人まで出てくる。プロテスタントが衰退するということは教育と経済の衰退につながり、ニヒリズムが蔓延する。こういった感覚が戦争にもつながるとまで言うのです。一神教のユダヤ教やプロテスタントは画像や絵画など偶像崇拝は否定します。その一方で、カトリックはそこまでしない。むしろ、バチカンに行けば、絵画や偶像だらけです。あくまでも現世を肯定し、生きる喜びや感覚的世界を拒否しない。プロテスタントは欧州北部に多いが、カトリックは、フランスも含め、スペイン、イタリアなど欧州南部に多く、反ロシア感情が少なく、ニヒリズムに陥ることも少ないとまで言うのです。

 これらはあくまでもトッド氏の考え方ですが、勤勉と正直を旨とするプロテスタンティズムが衰退すれば、教育と経済の衰退につながり、挙げ句の果てには道徳性の衰退につながるという彼の見識には納得せざるを得ませんでした。道徳性の崩壊は加虐主義(サディズム)に向かい、米国のトランプ大統領は悪を成して喜び、嘘をついて快感を得る人物だ、とまでトッド氏は断言しておりましたが、2026年に入って、ますますその悪辣さが加速したと言って良いでしょう。ベネズエラに侵攻し、その隣国のコロンビアも狙い、グリーンランド領有化で軍事作戦まで宣言し、メキシコやイランに軍隊を派遣するとまで言い出しました。

野蛮な米国

 トッド氏は「米国人は野蛮だ」とまで発言しておりました。確かに、米国は18世紀にネイティブ・アメリカン(インディアン)を虐殺して建国し、その後、1846〜48年の米墨戦争で、メキシコからカリフォルニア州やテキサス州等を奪い、1898年の米西戦争ではフィリピンやグアム、プエルトリコなどをスペインから奪って属国化し、1945年には二つの原爆で日本を占領した国ですからね。その後も、朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラク戦争…と常に戦争をし続けてきた国です。「国際法の順守」や「力による一方的な現状変更の禁止」など道徳的良心を求める方がおかしいのかもしれません。

 勿論、フランスも19世紀からアフリカやインドシナ諸国を植民地化した野蛮な国であることは否定出来ません。現代でも仏領ギアナやマルティニークなど旧植民地を手放していません。タヒチやニューカレドニアなどはフランスの影響が色濃く残る海外領邦です。

ポール・二ザンの孫

 それらを差し置いても、トッド氏は極めて良心的な人と言えるのではないでしょうか。何しろ、ユダヤ系でありながら、イスラエルによるガザ侵攻を「ジェノサイド」と非難したりしています。大変勇気のいることですが、どうやら、作家ポール・二ザンの孫という血を引いているからかもしれません。

 ポール・二ザンは、哲学者サルトルの親友で、「ぼくは二十歳だった。それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい」という私の大学の恩師である篠田浩一郎先生の翻訳で知られる「アデン アラビア」の作者でもあります。

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