藤原作弥著「満洲、少国民の戦記」は名著、必読書です

藤原作弥著「満洲、少国民の戦記」(社会思想社 現代教養文庫) 書評
藤原作弥著「満洲、少国民の戦記」(社会思想社 現代教養文庫)

 昨年10月17日、88歳で亡くなった藤原作弥氏の著作をちょっと必要があって読んでおります。

 藤原作弥氏は、世間的には元日銀副総裁かノンフィクション作家か元時事通信解説委員長として知られ、新聞等メディアの訃報では、そんな肩書きで報道されました。勿論、その通りですが、個人的には、私にとっては大学(東京外国語大学フランス語科)と会社(時事通信社)の大先輩であります。それで、ひょんな経緯で、大学のフランス科の同窓会である仏友会の幹事である中村さんから昨年連絡があって、「大学の校友会誌に藤原作弥さんの追悼文を書いて頂けませんか」と頼まれてしまったのです。

 中村さんは大変正直な人で、大学の沢山のOBやOGら藤原氏をよく知る人に何人も当たってみましたが、いずれも辞退したため、「しょうがない、暇そうな渓流斎にでも書かせるか」とお鉢が回って来たようなのです。確かに、私は藤原氏とは直接、まあまあ接点がありましたが、他に相応しい人、親しかった人が他に沢山おります。第一、正直、それほど藤原作弥氏の著作も私はほとんど読んでおりませんでした。

 ジャーナリストとしては、取材が第一で、情報収集もヒューミント(人に会って話を聞く)が基本なので、藤原氏の会社の経済部時代の後輩に当たる何人かの人と会ったり、メールのやり取りをして、私の知らない藤原氏のエピソードを聞きながら、それと並行して藤原氏の著作にも当たることにしました。その手始めとして読んだのが、「満洲、少国民の戦記」(社会思想社 現代教養文庫)でした。

 この本は、1984年8月に新潮社から単行本として出版され、新潮文庫を経て、1995年12月に社会思想社の現代教養文庫に収録されました。私が図書館で借りることが出来たのはこの文庫でした。

 はっきり言いまして、名著です。昨年は「戦後80年」ということで先の大戦に纏わる体験談や著作が多く新聞に載ったり、出版されたりしましたが、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」かのように、日本人は、もう今年になれば、潮を引くように忘れることでしょう。

 しかし、この本は、80年経とうが、100年経とうが、末代まで読み継がれなければならない、と確信しました。貴重な歴史的証言、しかも、教科書等に載ることがない、偉い学者先生が書く歴史書には出てこないような市井の民の証言録が記録されているからです。

銃殺刑、餓死、病死、強盗、婦女暴行

 藤原作弥氏は、父親が満洲(現中国東北部)の興安街(現中国内モンゴル自治区ウランホト)の陸軍士官学校の日本語教授に赴任したため、7歳の1944年春に家族で満州に渡り、45年8月9日のソ連軍侵攻により、北朝鮮国境に近い満洲南部の安東(現丹東)に逃れ、翌46年末にやっと日本に帰国します。わずか7〜9歳にして、その間、銃殺刑、市街戦、餓死、病死、強盗窃盗、婦女暴行を見聞し、飲酒や喫煙まで体験します。

 まさに「壮絶」な体験です。私が藤原氏と直に接して、感じたことは、彼は、どこか醒めて、人生を達観し、尚且つ、どこか後ろめたさを感じているようにみえました。その背景には、そんな筆舌に尽くし難い体験をされたからだとよく分かりました。勿論、ほんの少しだけ、本人からちらっと聞いたことはありましたが、壮絶な体験は、トラウマを超えている感じでした。

 特に、1945年8月14日に起きた「葛根廟事件」では、興安街から逃れた日本人難民約1200人がソ連の戦車軍団の機銃掃射に遭い、1000人以上が大虐殺されました。老人や婦女子ばかりの民間人です。虚しく聞こえますが、明らかに国際法違反です。この中で、藤原氏と同窓の興安街在満国民学校の小山司六校長以下教職員と生徒約270人のうち、200人以上が犠牲になりました。藤原一家も1日遅く避難していれば、同じように虐殺されていたことは確実で、他人事の話ではなかったのです。

 この本を読んで初めて知った、歴史の教科書に書かれていないことは沢山あります。戦後の混乱の中、日本人は、中国を侵略した敵の敗戦国民として、銃殺刑やら婦女暴行やら強盗やら、人間の本性丸出しの蛮行に遭います。安東の場合、まず、侵攻してきたソ連軍兵士が強盗や暴行や殺人のしたい放題で、最後は資材、物資から鉄などインフラ設備に至るまで戦利品として持ち去って行きます。国民党軍を払い除けてやって来た中国共産党の八路軍は、日本人の安東省の行政官僚から満洲電業などの財界人ら300人も処刑(銃殺)したりしています。「人民裁判」と称して日本人の「被告人」を突き出して、「そいつは悪い奴だ。殺せ、殺せ」という声が大きければ、処刑場に運ぶのです。

 その逆に、地元の中国人に対して差別なく、良くしていた日本人は「好人」として処刑を免れます。この中には、元日銀総裁の三重野康氏の父で、安東銀行の頭取だった三重野勝氏も含まれていました。人間、最後はその人の「人間性」で生死が別れてしまうものなんですね。

 他にも書きたいことがまだまだありますが、皆さんにも是非、この本だけは、読んでもらいたいです。私は強くお勧めします。

コメント

タイトルとURLをコピーしました