戦後80年。先日、前編と後編に分けて放送されたNHKスペシャル「シミュレーション ~昭和16年夏の敗戦~」は、ここ数年見たドラマ作品の中でも出色の出来でした。(再放送してほしいと思いました)
猪瀬直樹氏の同名のノンフィクションを脚色してドラマ化したもので、原作とは名前や事実関係を変えているとはいえ、若きエリートたちが極秘に集結した「総力戦研究所」はそのまま出て来ます。そして、「もし日米で戦争が起きたら」とのシュミレーションで、彼らが最終的に下した結論である「米国との国力の差があまりにも大きいので、日本は必敗」は、そのまま生かされています。つまり、ドラマ化に当たり、原作の骨子は変えていません。
総力戦研究所とは、内閣総理大臣直轄の教育機関として1940年10月1日に極秘に開所したもので、外務省、内務省、農林省など各官庁の若手官僚と陸海軍の中堅幹部(大尉、少佐クラス)、そして民間からも若きエリートが選抜されました。平均年齢33歳という若さです。1941年7月からは、石油備蓄量など各自が所属先から持ち寄った資料を分析するなどして、総力戦机上演習(シュミレーション)が行われ、同時に模擬内閣まで組閣されます。
ドラマでは、模擬内閣の首相になったのは、宇治田洋一役の池松壮亮でしたが、実際は、窪田角一さんで、帝国大学を首席で卒業し、当時は産業組合中央金庫(現農林中金)参事・調査課長を務めていた人でした。
同盟通信記者まで参加
ドラマでは、昭和天皇役に松田龍平、首相近衛文麿役に北村有起哉、陸相東条英機役に佐藤浩市、総力戦研究所所長板倉大道役に國村隼ら大物俳優を採用していましたが、私が注目したのは、仲野太賀が演じた、摸擬内閣で「内閣書記官長兼情報局総裁」を担当した樺島茂雄でした。同盟通信の記者ながら研究員に抜擢された人で、実際の人物は、同盟通信社編集局東亜部記者の秋葉武雄という人でした。ドラマでは、陸軍幹部に楯突くような発言をしたり、「狂言回し」のような役割を担っていましたが、同盟通信社なら、私がかつて在職した時事通信社の元の親会社ですから、とても他人事には思えませんでした。
とにかく、民間のジャーナリストまでこの総力戦研究所に動員されていたとは驚きでした。世が世なら私も参加していたかもしれないと錯覚しながらドラマを見ていました。ま、そんなエリートではないので選ばれることはなかったことでしょうが(笑)。
この秋葉武雄氏について、その後どうなったのか詳細は分かっていないようですが、猪瀬氏原作の「昭和16年夏の敗戦」(中公文庫)では、「口が悪かった」と書かれているようです。
「机上の空論」ではなかった!
この本は、小生は未読ですが、石破茂首相の愛読書らしいですね。これもまた驚きでした。総力戦研究所の若きエリートたちは1941年8月下旬、軍事、外交、食料供給などの面で研究し、「日本、必敗」と細かいデータまで積み重ねて結論付けたというのに、そのわずか3カ月余後の12月8日、日本は真珠湾を攻撃をして日米開戦の火蓋を切ってしまいます。
そして、日ソ中立条約を破棄してソ連まで参戦したことは、若きエリートが予見した通りでした。総力戦研究所が分析した結果は実に正確でした。当時の陸海軍の指導者が指摘したような「机上の空論」では決してなかったのです。
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