戦後80年:水木しげる「総員玉砕せよ!」が伝える戦争の不条理と真実

水木しげる「総員玉砕せよ!」(講談社文庫) keiryusai.net 雑感
水木しげる「総員玉砕せよ!」(講談社文庫) keiryusai.net

 けふは8月15日、終戦記念日です。「戦後80年」ということで、新聞やテレビ等のメディアでは、この日を挟んで戦争記念特集を組んでおりますが、私が見る範囲ではかなり健闘して頑張っていると思います。私はSNSはほとんど見ませんが、恐らく、多様な歴史観が議論されていると思います。

オールドメディアが健闘

 要するに、オールドメディアしか、こうした「戦争と平和」関連の特集は出来ないということです。新聞社やテレビ局で現在、現役で活動している皆さんの両親の世代は、せめて昭和ひとケタの学童疎開世代か、もしくは戦後の団塊の世代というのがほとんどだと思います。そういった現役世代が三世代前の戦争体験を「再現」していく作業の困難さは如何ばかりかと想像されます。そういった意味でも、「健闘している」と思ったのです。

 私自身は、父親が志願して帝国陸軍に入隊し、辛うじて生き残って除隊したので、戦争は、親から話を聞いて、結構身近に感じながら育ってきました。

戦記物が少なくなった

 ただ、戦後60年ぐらいまでは、戦争体験者がかなり残っていましたから、いわゆる戦記物と呼ばれる小説や映画が盛んに製作されていました。大岡昇平「俘虜記」「野火」「レイテ戦記」、大西巨人「神聖喜劇」、五味川純平「人間の條件」、五味川純平作、山本薩夫監督作品「戦争と人間」等々です。今では戦後生まれが9割近くとなり、作り手も、読み手も減少してしまったので、戦記物が少なくなったのは仕方がないかもしれません。

半世紀以上ぶりの漫画

 それでも、現代人は、有難いことに、本やDVDなどで戦記物に触れることが出来ます。私は、漫画は中学生の時に読むのをやめてしまったので、半世紀以上読んでいなかったのですが、今年は、久し振りに漫画を読んでみることにしました。評価が高い水木しげる著「総員玉砕せよ!」(講談社文庫)です。「ゲゲゲの鬼太郎」で知られる水木しげる氏(1922~2015年)は、太平洋戦争時、徴兵されて、激戦地ニューギニアのニューブリテン島に出征し、爆撃で左腕を失う重傷を負いました。

 「総員玉砕せよ!」は、1973年8月に長編書き下ろしとして発表され、長い間読み継がれ、2009年にはフランスのアングレーム国際漫画祭遺産賞を受賞するなど海外からも高い評価を得た作品です。私は未読でしたので、今年になってやっと、挑戦してみたのです。

 この作品は、ニューブリテン島のバイエン支隊の凄惨な玉砕が描かれていて、水木氏自身は、解説で「90パーセントは事実です」と書いておりますが、残りの10%はフィクションということになります。どこが創作かと言いますと、作品では「バイエン支隊」になっていますが、史実は「ズンケン支隊」で、大隊長は成瀬でしたが、漫画では田所支隊長(少佐)にするなど登場人物はほとんど仮名になっています。そして、何よりも、水木氏本人は、モデルとして漫画では丸山二等兵として登場しますが、実際は、玉砕事件の際、負傷中で兵站病院にいたため参加していません。日常で苦楽を共にしてきた他の全ての戦友たちが命を落としています。

帝国陸軍の本質

 水木氏が玉砕事件に参加していれば、当然のことながら、この作品は世に生まれなかったことになりますが、実に、微に入り細を穿つように、支隊長と中隊長との対立や、10万人の兵がいたというラバウルの師団司令部の思惑など描かれています。

 読んでいて、溜息をつく場面ばかり出て来ます。500人ほどのバイエン支援隊は、27歳と年若い支隊長(少佐)が「死に場所を得たい」と決意したため、玉砕せざるを得なくなりますが、赤紙1枚で徴兵された一兵卒にとっては、何故玉砕しなければならないのか、最後まで納得がいきません。80人ほどの兵が生き残りますが、ラバウルの師団司令部は「生きて恥をさらすな」とばかり、再度、玉砕を命じます。司令部から「玉砕せよ」と突撃命令をくだす木戸参謀(中佐)は、途中で水本少尉に「わしは兵団長(中将)閣下に報告する義務がある」と指揮権を譲って、おめおめと自分一人だけ逃げ帰ろうとします(しかし、敵兵の銃弾に当たってしまいます)。私はこの場面が一番、帝国陸軍の本質を見抜いたシーンだと思いました。

 戦場で死ぬのはいつも一兵卒です。陸士、海兵を出た職業軍人の幹部連中は、戦後も生き延びた者が少なくありませんでした。インパール作戦で、白骨街道の上空を飛行機の乗って、前線から離脱した牟田口廉也司令官然り、20代の若者に特攻を命じた上官然りです。当時の日本は、基本的人権のない、まだ華族制度も残る身分社会だったことを鑑みても、あまりにも人権を無視した特権階級主義でした。

 私は、戦争体験はありませんが、この「総員玉砕せよ!」には真実が描かれていると確信しました。

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