🎬「ゆきてかへらぬ」は★★★★☆

映画「ゆきてかへらぬ」の左から中原中也(木戸大聖)、長谷川泰子(広瀬すず)、小林秀雄(岡田将生) 雑感
映画「ゆきてかへらぬ」の左から中原中也(木戸大聖)、長谷川泰子(広瀬すず)、小林秀雄(岡田将生)

  広瀬すず主演の映画「ゆきてかへらぬ」が公開されることを新聞の広告で初めて知り、その宣伝文句には「まだ何者でもない若者たちの二度と戻れない、愛と青い春を描くー」としか書かれていなかったので、どうせ、可愛い広瀬すずを売り物にした碌でもない架空の恋愛映画かーと思ってスルーしようと思いましたら、どういう風の吹き回しか、いつの間にかネットで検索していました。

奇妙な三角関係

 そしたら、何と、何と、あの中原中也(木戸大聖)と長谷川泰子(広瀬すず)と小林秀雄(岡田将生)の奇妙な三角関係の話だったではありませんか。「天才詩人」と「駆け出し女優」と「批評の神様」が、まだ無名だった頃の青春物語です。この「物語」は、私の青春時代のど真ん中の話でもありました! 東京外国語大学フランス語科に入学して知り合った友人刀根君の影響もあり、中原中也の詩を読み、小林秀雄訳のアルチュール・ランボーの詩を読み、ついには小林秀雄の全集を読破し、2人の友人である富永太郎を知り、大岡昇平による評伝「中原中也」を読み、その結果、中原中也から、彼の恋人である駆け出し女優の長谷川泰子を奪った小林秀雄の「事件」を知り…と、まさにドツボにハマっておりました。

 えっ?あの事件を映画化するの? まず、無理でしょう、とあまり期待しなかったのですが、観て吃驚、聞いて吃驚です。完璧に近い出来栄えでした。それもそのはず。監督は「ヴィヨンの妻」など文芸作品も手掛けた根岸吉太郎(有名な浅草の興行師根岸吉之助の子息)、脚本は、「ツィゴイネルワイゼン」など鈴木清順の大正浪漫三部作を手掛けた大御所の田中陽造でしたから、この時代を描くには強烈なタッグです。俳優さんには失礼ですが、この最強コンビの手の平の上で踊っていれば良いだけですから。(とはいえ、広瀬すずは名演技でした。神経症を病む役ですから、泣いたり喚いたり、あられもない姿を見せたり、アイドル路線から脱皮しました。中也役の木戸大聖は初めて知りましたが、はまり役でした。小林役の岡田将生にはインテリの風格さえありました。)

大正末の風俗とファッションを再現

 映画ですが、かなりお金を掛けて大正末から昭和初期にかけての風俗やアールデコ風の建物や調度品、それに路面電車、モボモガ・ファッション等を見事に再現していました。ロケ先もそれらしく昭和初期風の長屋で、よくぞ見つけてきたものだと思いましたが、セットで作ったのかもしれません。

 出来れば、この映画の評価を満点にしたかったのですが、この三角関係事件に関しては中原中也も小林秀雄も大岡昇平も随想などで書いており、私自身もそれらを読んでマニアックに詳しく、せっかく映画化するのなら、以下の2点を入れてほしかったなあ、というエピソードがありました。

中原中也と太宰治

 一つは、中原中也は酒癖が悪く、文学仲間の間で恐れられているという話が、小林と中原との間の会話などで間接的に出て来ましたが、せっかくですから、文学仲間同士の酒席を再現してもらいたかったですね。中原中也が同人誌仲間の太宰治に向かって、「お前、何の花が好きなんだ」と詰問し、太宰が、顔を真っ赤にしてうつむき加減で「も、も、も、桃の花…」と言うと、中原は「だから、お前は軟弱で駄目なんだー」と叱り飛ばすシーンを入れてほしかったなあ、と思いました(笑)。

 もう一つは、小林秀雄と中原中也が、鎌倉で満開の海棠の花の下で、会話する場面が出て来ますが、てっきり、ここで、中原中也が「ボーヨー、ボーヨー」と口ずさみ、小林が「えっ?何のことだ?」と聞き返すと、「前途茫洋ってことさ」と言う有名な話を入れるのかと思ったら出て来ません。このエピソードだけは突っ込んでほしかったなあ、とちょっとイライラしてしまいました(笑)。

 ついでに欠点を指摘しますと、中原中也は、アテネ・フランセや東京外国語学校でフランス語を学び、ランボーの翻訳も出していますから、映画に出てくるほど、彼がフランス語の発音が悪かったとは思えませんでした。小林秀雄よりフランス語は出来たのではないでしょうか。

富永太郎が登場

 映画というものは、観る人の人生が反映されて鑑賞されますから、私は以上のような感想を持ちながら観ました。思い入れが強い人物と時代の映画でしたから、特に、中原中也の東京外国語学校フランス語科の先輩でもある富永太郎が登場した時には涙が出るほど感動しました。富永太郎が登場する映画はこれが初めてでしょうし、よほどマニアックな人でない限り、詩人富永太郎を知る人は多くないはずですから。

 ついでながら、富永太郎を出すぐらいなら、中原中也と縁が深かった河上徹太郎や大岡昇平も登場させてあげれば良かったのに、と個人的には思いましたが、そしたら予算もオーバーし、上映時間も長くなったことでしょう。そうでなくとも、私は、途中でどうしても我慢が出来なくなって4~5分ぐらい席を外して抜けてしまいましたから(苦笑)。上映時間128分+コマーシャル15分。

追記

 せっかくですので、実在した詩人中原中也と松竹女優長谷川泰子と評論家小林秀雄の写真を掲載したいと思います。若い人たちは知らないでしょうから。

中原中也(1907~37年)30歳没 Wikimedia
中原中也(1907~37年)30歳没 Wikimedia
長谷川泰子(1904~93年)88歳没 Wikimedia
長谷川泰子(1904~93年)88歳没 Wikimedia
小林秀雄(1902~83年)80歳没 Wikimedia
小林秀雄(1902~83年)80歳没 Wikimedia

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