麻田雅文著「日ソ戦争」を読み始めています

麻田雅文著「日ソ戦争 帝国日本最後の戦い」(中公新書) 書評
麻田雅文著「日ソ戦争 帝国日本最後の戦い」(中公新書)

 今、結構巷で話題になっている麻田雅文著「日ソ戦争 帝国日本最後の戦い」(中公新書2024年4月25日初版)を読み始めています。評判通り、かなりの力作です。

 著者の麻田氏は1980年生まれで、今年44歳。岩手大学の准教授です。私のような老師から見ればかなり若いです。何しろ、著者が生まれた1980年は私が社会人になった年なんですからね。ま、そんなことはどうでも良い話でしょう(笑)。北大で博士号を取得された方で、専門は近現代の日中露関係史です。何と言っても巻末に記載されている参考文献の多さには圧倒されました。日本語、英語は当然のことながら、中国語とロシア語文献まで登場しております。まあ、凄い語学力の持ち主です。

サントリー学芸賞の候補か?

 それでいて文章は平易で読みやすいので非の打ち所がありません。少し褒め過ぎでしたが、この本はそのうちにサントリー学芸賞か新書大賞でも何か賞を取るのではないかと私は予想しております。この予想が当たったら、拍手喝采してください(笑)。

 何よりも、大日本帝国陸海軍が戦ったアジア・太平洋戦争という広大な戦域の中で、「日ソ戦争」に絞って歴史を叙述している点が斬新的です。教科書では「独ソ戦争」は扱われていても、「日ソ戦争」は独立して今でも教えていないのではないでしょうか。

 何しろ、8月15日は「終戦記念日」として教科書では教えられていますが、日ソ戦争は、その8月15日以降も、満洲、朝鮮、樺太、千島列島と少なくとも9月2日まで続き、3万人以上の膨大な戦死者を出していますから、8月15日を「終戦」と呼ぶのはおかしくなります。歴史を書き換えなくてはいけません。(私は、戦艦ミズーリの艦上で降伏文書に調印した1945年9月2日が「敗戦記念日」だと思っています)

 ソ連の対日戦争に関する書籍はこれまでもかなり出ておりますが、本書の特色は、著者が「はじめに」に書いている通り、ロシア国防省中央公文書館が保管する「鹵獲(ろかく)関東軍文書」が関係者の努力によりやっと開示されて利用できるようになったことです。帝国陸海軍は敗戦濃厚になった際、逃亡する前に軍事機密文書はほとんど焼却したと言われますが、この鹵獲関東軍文書はソ連軍が満洲か戦利品として持ち帰ったものだといいます。

作戦重視で情報を軽んじた帝国陸海軍

 まだ、本書を読み始めたばかりですが、正直、何とも滑稽なことは、1945年2月4日からのヤルタ会談(英チャーチル、米ローズベルト、ソ連スターリン)でソ連の対日参戦(ドイツ降伏後の3カ月以内=8月9日)の密約があったのに、帝国大本営の上層部はなおも執拗にソ連の仲介で講和を締結する望みを最後まで失わず、水面下で交渉を続けていたことです。

 私は「滑稽なこと」と書きましたが、言い過ぎだったかもしれません。後世に生まれた人間による「後付け」だからです。何しろ、ヤルタ協定は密約でしたから、敵対国日本が知り得るはずがなく、ソ連に期待したのは、日ソ中立条約が1946年まで有効だったからでした。

 しかし、それにしてもお粗末です。この本では事細かく「経緯」が記載されていますが、ソ連は1945年4月5日、翌年の有効期限の満了後には日ソ中立条約は延長しない、と通告しているのです。この時点で気付くべきでしたね、スターリンの陰謀を。歴史にイフはありませんが、ソ連仲介による講和がないと分かれば、降伏せざるを得なくなり、広島・長崎への原爆投下もなかったかもしれません。

 嗚呼、でも、これも後付け解釈かもしれません。陸軍は本土決戦まで準備し、ポツダム宣言受諾に反対して小規模ながらクーデターまで起こしましたからね。

 大本営が、ソ連仲介という根拠の乏しい楽観論に縋った理由の一つとして、著者は「日本軍では作戦を立案する参謀がトップエリートで、情報畑の参謀の発言が軽んじられていた」ことを挙げています。これは、納得しますね。しかし、やはり、作戦より「情報」の方が命なのです。日本がソ連仲介を希望していた間、独ソ戦に勝利したソ連スターリンは、米英にも内緒で着々と極東への軍備を増強し、情報を軽んじる愚かな日本とは違って兵站を大変重視して食糧、衣服、ガソリン等を大量に追加派遣していたのです。

極東ソ連軍は174万7465人だった

 その結果、日ソ戦争開戦時、関東軍が動員した総計は44万3590人に対して、極東ソ連軍の陸海空総計は何と174万7465人だったのです。(著者はこんな細かい数字まで調査して本書で公開しています。)関東軍44万人と言っても、本格屈強部隊は南方に派遣され、急遽現地で徴兵された俄(にわか)兵士も含まれます。スターリンは、それまで日本はソ連を侵略していなかったため、戦意昂揚のためのプロパガンダを考案しました。それは「日露戦争の復讐」です。それは、日ソ戦後、見事に奏功します。樺太南部と千島列島の奪還です(これが現在の北方領土問題に繋がります)。

 著者は「はじめに」の中で、この日ソ戦争の意義について触れていますが、シベリア抑留、中国残留孤児、北方領土問題だけでなく、朝鮮半島の分断も中国の国民党と共産党との内戦も日ソ戦争がきっかけだといいます。私もその通りだと思います。この本はよく整理されて平易に書かれているので、近現代史を教えてもらえない生徒や学生だけでなく、多くの人が読むべきだと思いました。

読了後の感想文は以下をご参照ください。

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