柏原光太郎著「東京いい店 はやる店」を読了しました

柏原光太郎著「東京いい店 はやる店」(新潮新書) 書評
柏原光太郎著「東京いい店 はやる店」(新潮新書)

 柏原光太郎著「東京いい店 はやる店」(新潮新書)を読了しました。

 6月17日付の《渓流斎日乗》の記事「柏原光太郎著『東京いい店 はやる店』を読み始めました」の中で「物足りないなあ」とかなり露骨に批判してしまったので、名誉挽回、汚名返上になるような箇所を一生懸命に探しました。

 読み進めていきますと、さすがにもう「物足りないなあ」と思うような叙述はありませんでした。著者は日本ガストロノミー協会なる一般社団法人の会長を務めていますから、食文化に造詣が深く、何やら賞の審査員なども務めておられるので、食に関する知識や情報は他者の追随を許さないほどです。

 しかしながら、この本は一体、何が一番言いたいのかなあ?と思ってしまいました。食に関する情報は玉石混淆で、世界一のグルメ都市と呼ばれるスペインのバスク地方のサンセバスチャンが出て来たかと思えば、東京で1回の食事に10万円も20万円もする高級料理店が登場し、1年も2年も先まで予約がいっぱいの「予約がとりづらい店」の紹介まであります。かと思えば、観光庁とタイアップしたような行政文書のような紹介記事まで出て来ます。

 ただ、私は一介の庶民に過ぎませんから、何と言っても安くて旨い店が魅力的です(笑)。そんな庶民のために、「低価格の店」まで紹介してくれるのは大変有り難いですね。この本を買った甲斐がありました(笑)。

 「新時代」という居酒屋チェーンをご存知でしょうか。「鶏皮串(伝串)1本50円、生ビール中1杯190円」をウリにして、「コンビニよりも安い」と大人気。…(中略)…居酒屋人気ランキングで1位の「鳥貴族」、ファミレスランキング1位の「サイゼリヤ」もともに安さがウリですが、それだけではありません。…かつては「安かろう、まずかろう」だったのが、いまは安いにもかかわらず、味も人気の理由になっていることです。

柏原光太郎著「東京いい店 はやる店」188~189ページ

 この3店のうち、私は「サイゼリヤ」にだけ行ったことがあり、このブログの2024年4月24日付記事「正垣泰彦『サイゼリヤの法則』」にもその印象記を書いたことがあります。「鳥貴族」は、新型コロナが蔓延した頃、結構有名になりましたが、私は名前は知っているだけで一度も行ったことがありません。「新世界」はこの本で初めて知りましたから、いつか行ってみようかと思っています。 

 結局、グルメだのガストロノミーだのと言っても、「情報」が全てなんですよね。最近では、食通のことをフーディーと呼ぶらしいのですが、彼ら同士でサークルをつくって情報交換しているようです。例えば、

「ミシュラン三つ星のあのレストランの副料理長が来年、広尾で独立するらしいよ」とか、「西麻布のあのフレンチは、パトロンが決まって、今度移転して大きく展開するようだよ」といった具合です。

柏原光太郎著「東京いい店 はやる店」129ページ

  でも、こういった情報は、ほんの一部の限られた富裕層だけが必要であって、貴方も私も関係ない話ですよね?(笑)日本料理の「傳」、フランス料理の「フロリレージュ」、同「セザン」など世界ランキングで上位に顔を出す有名高級店も沢山紹介されていますけど、貴方も私も不必要な情報かもしれませんよね?

 それでも、この本は確かに目をみはらせます。東京は「世界一のグルメの都市」であり、世界中の大富豪がプライベートジェットで乗り付けて食を楽しみに来ることも、本当かな?と今まで思っていましたが、どうやら本当のようです。

 世界中の都市で食べ歩きをした著者は、この本の最後の方で、「昔からある(東京の)下町や住宅街の個人店の食文化も見逃せません」と書き、その例として、南千住の「丸千葉」と神楽坂の「伊勢藤」と湯島の「シンスケ」を固有名詞で挙げておりました。私自身は、南千住の「丸千葉」は行ったことはありませんけど、神楽坂の「伊勢藤」と湯島の「シンスケ」には行ったことがあります。評判の伊勢藤は、酒は白鷹のみ。御主人が少し癇癪持ちで、客が酔って大騒ぎというか、大きな声でしゃべり出すと、「黙れ!」と急に怒り出すので二度と行かなくなりました。「シンスケ」は味がある店で、何度か行ったことがありますが、混んでいて入れない時もありました。酒は両関です。

 シンスケのホームページには、こんなことが書かれていました。

江戸後期の1805年に升酒屋(酒屋)として創業。7代目まで商いを続けるも、1923年の関東大震災で倒壊。復興がなされた1924年、酒場「シンスケ」として再出発し、当代亭主は4代目にあたる(家業11代目)。

湯島天神下「シンスケ」HP

 えっ!? シンスケって、1805年にまで遡れる店だったんですか!私は、1856年創業の根岸の「鍵屋」が、東京で残る一番古い居酒屋だと思っていたので吃驚です。シンスケにはまた行きたくなりました。

 こういう私のような「庶民の本音情報」が、このお行儀の良い本には書かれていませんが、食を通して、我々が立つ現在の位置が分かって、とても参考になります。

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