こんな面白い本は久しぶりです。
加藤文元(かとう・ふみはる)著「数学の世界史」(角川書店)。2024年2月28日初版です。著者の加藤氏は1968年生まれで、東工大名誉教授、宇宙際幾何学センターの所長などを務めています。「ガロア 天才数学者の生涯」など多数の著作があります。この本をもっと早い時期に、例えば中学生とか高校1年生の時に読んでいたら、私も理科系に進んでいたかもしれないという影響力のある本です。
何しろ、世の中は、そして、世界は、自分の思い通りにならず、矛盾と不条理と不安に満ちています。争いも絶えません。残念ながら、文学や哲学などでは解消できません。国連も国際司法裁判所でさえも戦争を止めることが出来ません。人によっては宗教や心理学で解決できるかもしれませんが、何と言っても、数学には矛盾も不条理もありません。悩むことなく、スパッと明解な回答を与えてくれます。逆に言えば、矛盾や不条理を超えた学問が数学なのかもしれませんが。
この本は、タイトルにある通り、数学そのものの理論書というより、数学の歴史が語られています。何故人類にとって、数学が必要だったのか、いつ、どこで成立したのか、一般向けに分かりやすく解説してくれます。そして、やはり、数学発祥のカギは古代の四大文明でした。メソポタミア文明から生まれた「古代バビロニア数学」(紀元前3500年頃、60進数を用いた計算、ピタゴラスの三つ組など)、エジプト文明から生まれた「古代エジプト数学」(紀元前3000年頃、二倍法によるかけ算・割り算など)、インダス文明から生まれた「古代インド数学」(紀元前1200年頃から、0の発見など)、そして中国文明から生まれた「古代中国数学」(紀元前1100年頃から、「九章算術」など)です。
このうち「古代バビロニア数学」と「古代エジプト数学」が「古代ギリシャ数学」に影響、継承され、これが中世の「アラビア数学」に影響されます。「近代西洋数学」は、このギリシャとアラビア数学を影響、継承して成立したもので、「古代インド数学」「古代中国数学」「アラビア数学」とともに、「現代数学」の核となっています。日本でも独自の「和算」が開発されたことは世界史的にも特筆すべき偉業です。
こうして、数学は文明とともにある、といいますか、数学のお蔭で文明が出来たという言い方が正しいかもしれません。数学によって、測量して神殿やピラミッド(王墓)を作ったり、治水や灌漑に応用したり、また、暦づくりや天文学や洪水を予想したりする時に使われたからです。
本書は歴史書とはいえ、勿論、理論書も兼ねますから、数式がいっぱい出てきます。文系人間としては頭が痛くなりますが、それこそが本書の醍醐味であり、読みどころです。回答も解説してくれますから、目から鱗が落ちるといいますか、「嗚呼、そういうことだったのかあ!」と快哉を叫びたくなります。
まだ読み始めたばかりなのですが、驚きの連続です。
読了後の感想記事は以下になります。
古代バビロニア数学「プリンプトン322」
例えば、「ピタゴラスの定理」(三平方の定理、またはピタゴラスの三つ組)の a2+b2=c2 は、古代ギリシャの数学者ピタゴラス(BC582~BC496年頃)が発見したと言われていましたが、事実は、大昔の新石器時代の頃から知られていたといいます。
メソポタミア文明の古代バビロニア、現在のイラク南西部の旧ラルサ付近から出土した「プリンプトン322」と呼ばれる粘土板(紀元前1800年頃)には楔形文字による数字が書かれています。解読してみたところ、そこには、ピタゴラスの三つ組の式 a2+b2=c2 が成立する数字表が記載されていたのです。どんなミステリー作家でも思いつくことが出来ない展開です。しかも、古代バビロニア数学の60進数に則った等間隔で並べられていたというのです。(具体的には本書を読むと本当に吃驚します。)
ヒエログリフの数字
また、古代エジプト人は、ピラミッドを作ったぐらいですから相当数学に長けた人たちだったのでしょう。ヒエログリフ(神聖文字)で描かれた数字の象形が大変面白いです。
1=棒の絵、10=鐘形の絵、100=渦巻きの形、1000=蓮の形、1万=曲がった指、10万=オタマジャクシ、100万=驚いた人
数字の挿絵をこのブログにアップ出来ないのが残念ですが、ネットで検索してみると、同じ絵柄でも、
1=棒、10=取手、100=縄、1000=花、1万=指、10万=蛙、100万=神
としているサイトもありました。
いずれにせよ、こうした「絵文字」で数字を表していたということは、相当に用途が多かったのでしょう。多分、王侯貴族が取り立てた税の記録や暦や天体観測、河や住宅の測量といった大事業のほかに、衣服の寸法や料理のレシピなどでも使われたのでしょう。
数学の世界史を知れば、人類の文明の成り立ちまでもが手に取るように分かります。
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