初めて浪曲を生で聴きました

浅草「木馬亭」keiryusai.net 雑感
浅草「木馬亭」keiryusai.net

 

「人間国宝」京山幸枝若の独演会

 昨晩は、東海道新幹線が止まるほど大雨の中、東京・浅草の「木馬亭」で開催された「人間国宝」京山幸枝若(きょうやま・こうしわか)の独演会に行って来ました。京都にお住まいの京洛先生のお導きで、もう2カ月前に前売券を購入したことは9月にこのブログに書かさせて頂きました。

 あれから早くも2カ月が過ぎてしまったとは、時間の経つのは早いものです。

 木馬亭は、都内で唯一の浪曲の定席小屋ということで、歴史的文化遺産に登録されても良いかもしれません。客席数は131席。ほぼ満員でした。大雨の土曜日、浅草は外国人観光客だらけでしたが、さすがに木馬亭に入場する外国人は一人もおりませんでした。私は開場17時30分にちょうど到着し、ぴあで前売券を買ったので待たされるかと思って、5分ほど遠慮して向かい側で木馬亭の写真を撮ったりしておりました。そしたら、意外にもスッと入れたので脱力してしまいました。

 浪曲は、ラジオで聴いたことはありますが、生まれて初めて生(なま)で聴きました。客層が独特です。平均年齢は65歳といったところで、男性客が8割を占めていました。中には90歳近い通のお爺さんも見掛け、「こんな風に年を取りたい」と思わせました。

講談と浪曲の違い

 9月の渓流斎ブログにも書きましたが、明治から昭和の初めにかけて講談と浪曲は大衆に大人気で、大正の終わりに開始したラヂオの高価な受信機が普及したのも、大衆が広沢虎造や桃中軒雲右衛門らの浪曲を聴きたかったからだといわれています。昭和初期、広沢虎造の興行を巡って、籠虎組による山口組二代目組長の襲撃(刺殺)事件は有名です。この事件は吉本興業が絡んでいましたが、それだけ浪曲師広沢虎造の人気が凄かったわけです。

 その講談と浪曲は落語と並び「日本の三大大衆芸能」と言われますが、実は、私自身、この講談と浪曲との違いは頭で分かっていても、肌身ではよく分かっていませんでした。今回少し勉強して分かったことは、講談は講釈師が釈台の前に座って張り扇を叩いて軍記物などを語りますが、浪曲は、曲師と呼ばれる三味線の伴奏に合わせて歌うような節を取り入れながら物語を語る芸能でした。

 実際、初めて浪曲を生で聴いた感想は、講談は、失礼ながら、張り扇でバチバチ机を叩いて五月蝿いですが、浪曲はどこか色気がありますね。笑わせどころや泣かせどころのツボを押さえているので大衆に人気が出るはずです。日本独特の文化です。

 しかし、今の若い人はアニメやゲームに夢中ですから浪曲なんかに目もくれません。特に歴史物は素地(教養)がなければ何のことかさっぱり分かりませんからね。恐らく、浪曲は現在、絶滅危惧種かもしれませんが、この日の主役、二代目京山幸枝若(70)が、12月2日に人間国宝の認定式が行われ、世間も注目し始めたので、少しは人気が復活するかもしれません。浪曲通の京洛先生は「今や玉川奈々福や春野恵子ら女性浪曲師が出て、浪曲界を引っ張っている感じですよ。玉川奈々福は上智大学、春野恵子は東大出身なんですよ。それがウリなのかもしれませんけど」と教えてくれました。へ~知りませんでしたね。この二人は、木馬亭の定席で聴くことが出来ますので、ご興味のある方は行ってみたらどうでしょうか。

声と節と啖呵

 本題である「京山幸枝若独演会」では、まず前座に当たる前講で幸枝若の弟子の京山幸太が江戸時代の盲目の国学者で「群書類従」などを著わした塙保己一の物語を披露し拍手喝采を浴びていました。入門して10年目の30歳ということで伸び盛りといった感じでした。

 人間国宝の幸枝若は、江戸初期の馬術家、曲垣平九郎の逸話と祐天吉松の「喧嘩坊主」の二題をやりましたが、落語の最初の「まくら」に当たる前触れで、盛んに人間国宝に認定されて周囲の扱い方が急に一変した秘話を披露しておりました。浪曲の魅力は、声と節と啖呵(台詞)にあると言われますが、現在その3拍子が揃っているのは人間国宝の幸枝若ということになります。

「江戸っ子だってねえ。寿司喰いねえ」

「神田の生まれよ」

 ちょうど時間となりました。

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