昨晩は、東京・有楽町の居酒屋さんで、元会社の同僚4人が集まって「同期会」を開きました。中には20年ぶりぐらいに会った者もいて、本当に久しぶりに旧公を温めました。
長年のブランクが空いても、直ぐに会社に入社した46年前の若い頃に戻ってしまいました。早速、「おい」「お前」とズケズケと遠慮容赦なく、毒舌をぶつけ合いました。
一番面白かったのは、井上君(仮名)の話でした。彼は、麻布学園から東大法学部を卒業した超エリートなのですが、最後は時事通信社ですから、毒舌の延長で言えば、「転落」人生かもしれません(笑)。
レベルが違う情報
私は、かつて芸能担当記者だった頃、取材に本腰を入れたため、かなり、芸能界と裏社会との密接な関係に詳しくなりました。そういったテーマで講演をしたこともあります。しかし、そのことを噂で聞いた井上君が「渓流斎の話なんて大したことはないだろう。あいつは何も知らないくせに」と言った、という話を他の人から聞いたことがありました。
そこで、今回、井上君がどれだけ裏社会に詳しいのか、私も彼に「事情聴取」してみたのです。そしたら、何と、本物でした。取材レベルで間接的に知っている私の情報など、吹けば飛ぶような将棋の駒みたいなものでした。彼は直接知っているどころか、かなりの接点があったのです。「は、はあ〜」と平伏して、降参するしかありませんでした。
もう70年以上昔の話なので、「時効」ということで、進めていきます(笑)。井上君の父親Aさんは、京都の税務署員でしたが、祇園にある「ゑり萬」という呉服商の主人に見込まれて、東京支店長を任され、税務署を辞めて上京します。Aさんは、やり手の人なので、かなり事業を拡大し、会社にも莫大な利益をもたらします。
1960年代になると、日本人はだんだん着物を着なくなりますが、Aさんは賢い人ですから、いつまでも着物を着続ける「利権」を見つけます。高級クラブやバーのホステス、歌舞伎や能狂言、浄瑠璃といった伝統芸能家、それに、お相撲さんたちです。
広域暴力団X組
この中で、飛び切りのお得意先である常客を見つけました。裏社会の人々です。彼らにとって、襲名披露やら年中行事やらで和服は欠かせません。しかも、何十人、何百人という単位ではなく、何千人、何万人ですから、お店は繁盛するはずです。
それは置いといて、井上君は、幼少の頃から、店に出入るするそういった裏社会の人々と親しくなります。特に、神奈川県で結成された広域暴力団のX組の会長から大いに可愛がられ、湯河原にある会長の別荘に泊まったり、X組が仕切っているボクシングのリングサイドの特等席に小学生の頃から毎週のように通っていたというのです。ですから、ボクシングには滅茶苦茶詳しく、私の知らないボクサーの名前を熱弁していました。この話は長くなるので、いつか機会があれば(笑)。
井上君は、学生時代から、店の常客である赤坂のキャバレー「ミカド」などに「顔パス」で通い詰め、「あらあ、ゑり萬の御坊ちゃまじゃないですかあ〜」とホステスさんからモテモテだったそうです。
考えてみれば、泣く子も黙る天下の東大法学部の学生ですよ。あまり勉強しなかったから、国家公務員にも弁護士にもなれず、時事通信なんかに入社したのか、と納得しました(笑)。
それにしても、現役時代は全く知らない話でした。でも、こんなことを書いたら、井上君は「馬鹿野郎!許せん!」と怒るでしょうね。ですから、そのうち、井上君からの抗議で、この記事も消えてなくなるかもしれません。

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