【忘れ得ぬ言葉】第10回 「こんな本、誰も読まないでしょう」 自費出版社社長

 今年(2025年)は「戦後80年」です。もう30年も昔の話ですが、「戦後50年」の企画で、自身の戦争体験を自費出版する人がまだ多くいたので、専門の自費出版の出版社に取材したことがありました。

 戦後50年ですと、実際に先のアジア・太平洋戦争を体験し、記憶に残っている人たちは、だいたい当時55歳以上です。20歳前後で戦地に行って戦った人たちもまだ70代でしたから、自費出版でもいいから自分の実体験を残したいという人はかなりいたと思われます。

 そんな人たちは、どんな人なのか、どんな体験談が多いのか、実体験者にではなく、自費出版を出版する会社の社長に取材してみました。そしたら、その社長さんは、最初は、しっかりと、どういう人たちなのか、戦地で多い場所はどこなのか、丁寧に教えて頂きましたが、最後に言い放った言葉が「こんな無名な人が書いた本、誰も読まないでしょう」だったのです。

 まず、社長さんは、「自分の悲惨な体験を、自費出版でも良いから少しでも後世に残したい」という生真面目な庶民のお陰で、仕事になり、彼の生活も成り立っているわけなのに、「顧客」に対する尊重がないことに唖然としてしまいました。

 先の戦争では、国民の大多数の人々が辛酸を舐めて大変な苦労をしたことは「共通言語」として、小説やテレビ、映画、舞台などでも描かれて来ました。でも、あまりにも多いとはいえ、無名の一兵卒の書いた体験記を自費出版社の社長が等閑にすることは冒涜に近いものを感じたのです。

 それなのに、この時、私は社長の個人的見解に対して、即座に反論しなかったことを今でも後悔しています。

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