匿名A氏とは、マスコミ業界仲間で年長の友人です。かつて、毎月1回、土曜日に東京・渋谷のおつな寿司店(現在閉店)の2階で勉強会を主宰していたコーディネーター役でもありました。マスコミ業界は、同じ会社の人との交流以上に「同業他社」との関係の方が濃密で、生涯の友人になることが多いのです。普段は「抜いた、抜かれた」のライバル関係ではありますが、貴重な情報交換をしたりする「なくてはならない存在」になるからです。
匿名A氏は韜晦の人なので、ネット上で本名を出されることを蛇蝎の如く嫌う人なので、敢えて、匿名にしました。そのA氏には公私共に、「人生の先輩」として悩み事の相談に乗って頂き、まさに私の人生で最も影響を受けた一人なのです。
人間、会社勤めをしていると、自分の意に沿わない人事をされたり、配置転換されることがしばしばあります。私も43歳の若さで、外勤の取材記者ではなく、夜間の泊まりもある内勤の校正編集の整理部に飛ばされたことがありました。当時の上司との折り合いが悪かったせいですが、明らかに左遷であり、異例の塩漬け人事です。そこで、会社を即座に辞めたいと思い、A氏に相談したところ、「今さら転職したとしても、何処か雇ってくれるところがありますか? 世間はそんな甘くありませんよ。それに、ブン屋は潰しがきかないのです。貴方は他に何が出来るのですか? 悪いことは言いませんから、我慢して今の会社に残った方がいいですよ。給料は我慢代だと思えばいいのです」と諭してくれました。
A氏も、勤めていた新聞社が廃刊になる苦しい経験の持ち主です。また、奥さんを若くして亡くして、人生の辛酸を舐め尽くした人でもあるので、彼の「人生訓」は非常に勉強になります。彼の忠告に従って良かった、と今でも思っています。
それにしてもうまいことを言う人です。彼の本名は、近松門左衛門のような江戸時代人みたいな名前なので、そのせいか、古いことを大変よく知っております。物知りと、いいますか、彼ほど雑学知識が豊富な人物とこれまで会ったことはありません。その背景に膨大な読書量と人間観察力がありますが。
先程の「給料は我慢代だと思えばいいのです」のついでに、「人生、一に辛抱、二に忍耐、三、四がなくて、五に我慢、というじゃありませんか」と言うのです。誰が言ったのか知りませんが、そのような格言めいた言葉が彼の口からポンポン飛び出すのです。
映画(山中貞雄監督)のタイトルになった「人情紙風船」とか、「乳母日傘(おんばひがさ)」とか、「世間智がない」とか、今では「死語」になった、私も知らなかった言葉を沢山教えてもらいました。「匿名A氏語録」が出来るくらいです(笑)。


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