朝日新聞・天声人語子の執筆の苦労話

朝日新聞社の講演会(講演撮影禁止されていたので、講師は写っていません) 雑感
朝日新聞社の講演会(講演撮影禁止されていたので、講師は写っていません)

 2016年から22年までの6年半、朝日新聞朝刊一面コラム「天声人語」を執筆していた有田哲文記者の講演会を聴きに行って来ました。新聞業界が斜陽化になった昨今、私がいまだに、毎月4900円も払って朝日新聞を購読しているのは、この天声人語を読みたいがためと言っても過言ではないくらいで、その裏話を聞きたかったからでした。講演会は500人ぐらい参加しましたが、抽選で、私はギリギリ当選しました。

悩める人間

 どんなエリート記者が登場するのかと思ったら、ちょっと言い過ぎかもしれませんが、私とそれ程変わらない、極めて謙譲的な「悩める人間」記者でした。上司から天声人語の執筆を打診された時は「もっと教養があって、文章が上手い人が書くものだと思っていた」ため、一晩、時間を置いて返事をしたそうです。最初の頃は、なかなか書けずに、週に1回は「どこかに逃げ隠れて消えたい」という失踪願望に駆られたそうです。

 有田記者は、エリートと言えばエリートなのですが、最初「女性セブン」の編集者からトラバーユして朝日に途中入社した人でした。語弊を恐れずに言えば、朝日は昔から同業他社からの人材を受け入れる懐の深さがありました。

執筆の極意

 有田記者は、もう一人の山中(たぶん季広)記者と二人で担当し、土曜日から金曜日までの1週間ずつ交代したそうです。本人は「死のロード」もしくは「南アルプス縦走」と呼んでおりました。1日交代ですと、毎日のプレッシャーで実質的に休養日がなくなってしまうからだそうです。それでも、毎日、「ネタ探し」で呻吟していたそうです。

 天声人語は、603文字、6段落という定型が決まっています。まるで俳句や短歌の世界です。歌舞伎の様式美みたいなものです(笑)。執筆に当たって参考にしたのは、米国のコラム二ストや故・小田嶋隆氏、町田康氏らの本で、(1)「そんなこと知らなかった」といった要素を一つ入れる(2)「そんなこと考えたことがなかった」といったアイデアを一つ入れる(3)起承転結は考えない(4)いきなり鳥の目になって高い上から目線で見るのではなく、ビール瓶のケースの高さぐらいに乗って見通しをする(5)自分が本当に思うことを書くーということだったそうです。

紙の本の世界の奥深さ

 有田記者の話で私が一番感動したのは、彼が参照したのは、ネット情報ではなく、書籍だったということです。そのために、会社や自宅近くの図書館5〜6件も登録して通ったといいます。「自分自身のことをネットやAIで検索しても、ネットに拡散された情報しか出てこない。やはり、紙情報の方が、ネットより上です。紙の本の世界の奥深さを痛感しています」というのです。同感ですね。特に私はアナログ人間で、反AI主義者ですからね(笑)。

 もう一つ感心したのは、執筆に当たり、上層部から何ら制約を受けずに自由に書けたということでした。ただし、公序良俗に反することや、人を傷つけるようなことを書かないように気をつけたといいます。

最後は興醒め

 会場には、「天声人語を半世紀以上愛読している」という人や、「15年前から、『天声人語』の写し書きをしております」という熱心な参加者もおりました。

 しかし、講演会の主催が地元販売店や事業部だったようで、最後は「朝日新聞デジタルを月500円で買ってください。本日、契約して頂いた方は、この後、有田記者との懇談会に参加できます」といった長い長い宣伝でした。まあ、タダで講演会を聴きましたが、興醒めしました。

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