追悼・岡本昌巳君

岡本昌巳著「株で勝つ習慣」(ダイヤモンド社) 雑感
岡本昌巳著「株で勝つ習慣」(ダイヤモンド社)

 高校(海城学園)の同級生だった岡本昌巳君が2月末に亡くなっていた、という急な知らせを昨晩受けました。彼はここ1、2年、入退院を繰り返していたので、「もしや」と覚悟はしておりましたが、残念でたまりません。行年68歳。高校3年時の目良先生のクラスメートは48人おりましたが、分かる範囲で、亡くなった人は、神林康君(2021年)、田中英夫君(2023年)、北川勉君、土屋恵一君(2024年)に続き、もう5人目です。

 一斉メールで知らせてくれたのは、同級生の斎藤正明君で、3月19日が岡本君の誕生日だったので、Facebookでお祝いのメッセージを送ったら、岡本君の友人の冨田さんという人から「岡本さんは先月亡くなった」と知らせてくれたというのです。私はもう何年も前にFacebookは辞めましたから知らなかったのでした。

 私も、斎藤君からのメールで知った時、夜遅かったので、翌日(本日)、岡本君の自宅に電話して事実確認しました。私は現役時代、何百本も著名人の訃報記事を書いてきた新聞記者でしたので、その習性が治っていません(苦笑)。

 奥様が電話口に出て来られましたが、岡本君が亡くなったのは2月ではなく、3月3日の雛祭りの早朝だったということが分かりました。2年以上、杏林大学病院で入退院を繰り返していましたが、最後は東京都小金井市内のホスピスで亡くなられたそうです。咽頭の病気でしたので、食事が出来ず、飲み物と点滴だけでしたが、最期は大変だったようでした。彼は、ヘヴィースモーカーでしたが、奥様によると、もう10年以上前から辞めたそうでした。でも、隠れて吸っていましたね?

 岡本君は、世間では超有名人ではないかもしれませんが、金融・経済ライターとして活躍していました。「株で勝つ習慣」(ダイヤモンド社)という著書もあります。「今日の岡本」というブログも昨年末まで書き続けました。私は参加したことはありませんが、毎月のように、セミナーや講演会を開催し、毎回、大盛況だったようです。

 岡本君との思い出は、彼は文学青年で、高校時代に200枚近い小説を書き上げていたことです。内容は殆ど覚えていませんが、高校生にしてそれだけ長い小説を書くとは、驚愕してしまいました。大学は、自己宣言した通り、多くの有名小説家を輩出している早稲田大学の文学部に入学しましたが、途中で辞めてしまったようです。その後の詳しい話はあまり聞けませんでしたが、株式の業界紙に何十年間か務め、その延長でフリーになって独立し、投資に関するセミナーを開いたり、本を書いたりしていた人でした。

 何と言っても、彼は面倒見が良い人間でした。もう20年ぐらい前ですが、高校卒業してもう30年も経っているというのに、一度も同窓会が開かれていなかったので、彼は幹事役を買って出て、高校時代の仲間との交流を復活させてくれたことでした。岡本君がいなければ、同窓会はなかったことでしょう。

 奥様は「本人はやりたいことばかりやっておりましたから」と仰っておりましたが、彼自身はまだまだやりたいこと、書きたいこと、があったはずです。本当に惜しまれる人を亡くしたと思い、悲しくてしょうがありません。彼は会合に参加する時、いつも松尾芭蕉が奥の細道に出かけた際に被っていたような帽子と和風姿で来るので、「宗匠さんみたいだねえ」と私が揶揄うと、「そうかい?」と嬉しそうな顔をしていたのが忘れられません。

 岡本君のご冥福を心からお祈り申し上げます。

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