先日、フランス語の日本人ベストセラー作家・水林章氏が、私の質問に対して、「自分はバイリンガルじゃないと思う」と仰ったことについて、ずっと考えておりました。
この記事を初めてお読みの方は、何のことを言っているのか、さっぱり分からないと思いますので、まずは上の記事をご参照ください。
水林氏は、フランス語を母国語(日本語)と同じか、それ以上に扱い、フランス語で小説まで書いてベストセラー作家になった秀才です。「語学の天才」という言い方が出来るかもしれませんが、水林氏がフランス語を習得し始めたのが、成人になった18歳からです。
よく格言に「氏か育ちか」というのがあります。「氏」とは家柄とか遺伝の意味です。「育ち」とは環境とか教育という意味です。「先天的か、後天的か」という言い方もあります。英語では”Nature or nurture.”などと言います。
最近の流行り言葉に「親ガチャ」というのがあります。「子どもは親や家庭環境を選べず、カプセルトイ(ガチャガチャ)のように運に任せるしかない」といった意味があるようです。要するに、先天的に決まってしまうということです。
しかし、水林氏の場合、18歳からフランス語を初めて「語学の天才」になったのですから、後天的です。御本人は決して苦労話はされませんでしたが、自分の努力で勝ち取った能力であることは確かです。
さて、水林氏が「自分はバイリンガルではない」という意味をもう一度考えてみました。彼がフランス語を書いたり、話したりする時、フランス語以外のことは考えていない、といった趣旨の発言をしていました。また、自分の著書”Âme brisée“(2019年)を自身で翻訳(「壊れた魂」)した際、フランス語では言えても、日本語にならないフレーズがあり、敢えて、自分で「創作」した箇所があったことも話しておりました。
これらのことから私が推察出来ることは、水林氏がフランス語を書いたり、話している最中は、水林氏の頭の中は「フランス語脳」になってしまっており、日本語が一切、思い浮かばないのではないか、ということです。つまり、飛躍した言い方をすれば、フランス語で完結してしまっているので、途中で日本語に置き換えていない。となると、同時通訳は出来ないのではないかと思ったのです。
それなら、ご本人が敢えて「自分はバイリンガルではない」と仰った隠れた深い意味が分かるような気がしたのです。
勿論、勝手な私の推測なので間違っているかもしれません。水林先生、御本人から御指摘して頂ければ、一番有難いのですが、彼のフランス語のホームページを見てみると、大変、大変忙しそうですね。3月21〜22日、スイス・ジュネーブ、3月27〜28日、仏エクスアンプロバンス、3月29日、スイス・ヴヴェイ…とずーと読書会やらサイン会やらで日程が来月までぎっしりと詰まっております。
まさに、売れっ子作家です。大変失礼いたしました。


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