「自分はバイリンガルじゃないと思う」ーフランス語の日本人ベストセラー作家・水林章氏

講演する水林章氏 keiryusai.net 雑感
講演する水林章氏 keiryusai.net

 昨年、フランスで最も権威のあるアカデミー・フランセーズのフランス語圏大賞(グランプリ)を受賞した作家の水林章・上智大学名誉教授(74)の講演会が、東京外国語大学フランス語学科の親睦団体「仏友会」と、日仏経済交流会パリクラブとの共催で、3月15日、東京・四ツ谷の主婦会館で開催されました。厳選なる抽選?の結果、私も当選したので聴講して参りました(参加者64人)。

 昨年の拙ブログで取り上げさせて頂きましたが、水林氏は東京都立西高時代に、仏文学者で哲学者の森有正(1911〜76年)の著書を読んで感動し、フランス語を生涯の仕事として志しましたが、初めてフランス語を学んだのは、東京外大仏語科に入学した18歳の時からです。その後、南仏のモンペリエ・ポール・ヴァレリー大学や、サルトルらも学んだ高等師範学校などに留学し、ルソーら18世紀文学・哲学を専門研究し、帰国後、明治大学、東京外国語大学、上智大学で教鞭を執りました。

どんなに凄いのか日本のメディアは分かっていない

 日本語で数冊の研究書を発表しておりましたが、2011年から急に?フランス語による執筆活動を開始し、目下、9冊の仏語著作(小説5冊、エッセイ4冊)を主にフランスの名門中の名門出版社、ガリマールから上梓しました。フランス語圏大賞は、その一連の仏語作品に対して贈られたグランプリです。これは、フランス人が日本語で小説を書いて、芥川賞か直木賞か、もしくは谷崎潤一郎賞を受賞する以上の快挙だと思います。むしろノーベル文学賞を受賞するようなものです。

 というのも、アカデミー・フランセーズは1635年に宰相リシュリューが設立した仏語の保存と純化を目的とした最古の国立学術機関で、主な任務はフランス語の辞書を作ることです。フランスには「明晰でないものはフランス語ではない」といった格言があるくらいで、言葉には大変、大変うるさい国です。そんな国が、外国人である日本人が書いた仏語を公に認めたということですから、歴史上、画期的な出来事だと言っても良いでしょう。

 東京外国語大学の歴史を振り返ると江戸時代の「蕃書和解御用」(文化8年=1811年)にまで遡ることが出来るそうですが、その間、多くの著名な通詞(通訳)や翻訳者を輩出したとはいえ、日本人でフランス語を母国語以上に自由に扱える異才(秀才)を生んだのは214年目にして初めてではないでしょうか。

 それなのに、日本のメディアは関心がないのか、それとも不勉強なのか、水林氏のことをほとんど取り上げなかったので、昨年7月に、強いて私がブログに書いたのでした。

ユーモア精神に溢れた人

 水林氏は、事前に、かなり控えめな人で、日本でほとんど講演会を開かず、メディア取材も多くないといった噂を聞いていたので、失礼ながら気難しい人かと思っていました。そしたら、結構ざっくばらんで、ユーモア精神に溢れる開放的な人でした。楽観主義者にも見えました。

 大変失礼ながら、私はまだ一冊も水林氏の著作を拝読しておりませんでしたが、講演を聴いて、著者の大体の拘りのテーマが分かりました。彼の代表作は、自ら「小説3部作」と呼ばれる「壊れた魂」(2019年)と「心の女王」(2022年)と「忘れがたき組曲」(2023年)ですが、「壊れた魂」はヴァイオリン(シューベルト、バッハ、ベートーヴェン)、「心の女王」はヴィオラ(ショスターコヴィッチ、モーツァルト)、「忘れがたき組曲」はチェロ(バッハ、エルガー)とクラシック音楽がテーマになって出てくるそうです。水林氏も子どもの時から父親の影響で、ピアノやヴァイオリンに親しんできたようです。

 また、昨年発表した最新作の「炎と影の森」(2025年)は、満州事変からアジア・太平洋戦争に至る「十五年戦争」が出てくるそうで、水林氏の父親が一兵卒として満洲戦線で戦った話を聞いた影響から先の「戦争」がテーマになっています。

 水林氏の講演で一番印象に残ったことは、水林氏はベルギーやスイスなどを含めたフランス語圏では、本(書物)に対する愛情が深く、わずか人口400人の小さな村でも、作家が講演会を開いたりすれば多くの聴衆が集まるといった話でした。IT技術者も「将来の夢は本屋さん」という人もあり、自治体からも書籍店に対する助成もあるというのです。つまり、出版文化に対する愛情と保護政策は、日本以上ではないでしょうか。

 先に挙げた小説「壊れた魂」の原題は、”Âme brisée“(2019年) ですが、フランス語圏では何と20万部以上のベストセラーになったそうです。これを自ら翻訳して、2022年にみすず書房から出版し、芸術選奨文部科学大臣賞まで受賞しましたが、その10分の1も日本では売れていないそうです。日本の出版文化の知的レベルも哀しいものがあります。日本人の若者は漫画やアニメやSNS動画を見るのに忙しいのでしょう。エンターテインメント小説ならともかく、お堅い純文学となると尚更なのでしょう。

通訳、翻訳は妥協の産物か

 水林氏は、何しろ、18歳という遅い年齢からフランス語の勉強を始めても、母国の人以上の言語能力を習得したバイリンガルですから、講演後、私はどうしても、バイリンガルの秘訣を聞きたくて、勇気を出して、質問してみました。

 そしたら、水林氏は「私はバイリンガルではないと思います」と仰るので吃驚してしまいました。夢を見る時は、日本語とフランス語の両方を見るそうですが、一旦、フランス語のスイッチが入ると(これは私の勝手な表現)、日本語も含め、他の言語は全く出て来ないそうです。その一方で、日本語を使うときは、たまに、この日本語は仏語で何と言ったか、といった思念が浮かぶそうです。

 先程、小説”Âme brisée” を自らの手で翻訳した話を書きましたが、翻訳する際、フランス語で表現できても、どうしても日本語にならない箇所が出てきたため、自分で改めて「創作」したそうです。この話を聞いて、やはり、日本語とフランス語(他の外国語でも良いですが)は別次元の世界で、両立することは出来ず、妥協の産物として通訳も翻訳も成り立つものだと思いました。

 私は、水林氏に、成人してからも「バイリンガルになるための秘訣」をお伺いしたかったのですが、苦労話が聞きたかったのだと思いました。しかし、水林氏は一切、苦労話は語らないのです。恐らく、高校生の時に森有正を読んで以来、仏語習得が人生の最大目標となり、それが目的にもなったので、苦労など感じず毎日、楽しみながら学んだのだと思います。

 それにしても、日本人にしてフランス人ネイティブ以上の言語能力を如何に身に付けられたのか、知りたくて、後で、個別に伺ってみましたら、「寝る時以外、起きている時間は全てフランス語漬けの時があったせいかもしれませんね」という言葉を引き出すことが出来ました(笑)。

 講演会後、水林氏と個別に話をしたい人が何人も行列をつくり、しかも、並んだ私の前の人は、後ろの人間なんか全くお構もいなく(傍若無人)、15分以上喋り続け、待って、待って、待った挙句、やっと引き出した言葉でしたよ。

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