生まれて初めて魯山人を愛でました

S氏御手製料理と鳥取の銘酒「日置桜」生酛玉榮(きもとたまさかえ) 雑感
S氏御手製料理と鳥取の銘酒「日置桜」生酛玉榮(きもとたまさかえ)

 先日、古美術蒐集家のS氏のお招きで、東京郊外の彼の自宅にお邪魔したところ、盛大なる歓待を受けました。私の自宅からS氏邸まで、バスと電車を乗り継いで、2時間掛かりましたが。

盛大なる歓待

 もともと、昨年から、私の亡父の遺品である焼物を古美術蒐集家のS氏に鑑定してもらうことと、S氏所蔵の高価な北大路魯山人(1883〜1959年)の焼物を鑑賞させて頂く、ということでお話を頂いておりました。1年経ってやっと実現した格好でした。

 S氏は、食事は毎日3度、自分自身で作る「料理人」でもあるので、御手製の鰆のムニエルなどのランチ=写真=を振る舞ってくださいました。お酒は、鳥取県の銘酒「日置桜」で、生酛珠榮(きもと たまさかえ)という日本では数%しか手に入らない酒米で作られているといいます。料理もお酒も大変美味しく、しかも、貴重なものだということになります。最初に「盛大なる歓待」と書いたのは、そういう意味であります。

大根1本の良し悪しも分からない

 料理人と古美術鑑定には「目利き」という共通点があります。料理人のキモは、味付けではなく食材選びだといわれています。料理は結局、食材で決まってしまうわけです。ですから、炎上してはいけないので、敢えて茲では名前は伏せますが、有名な文豪や文芸評論家が、古美術の前で得意げな表情で写真に写ったり、エッセイを書いたりしておりますが、「彼らは大根一本の良し悪しも区別できないのに、古美術の鑑定なんか出来るんでしょうかねえ」とS氏は真顔で言います。

 私も「その通り」だと思い、大いに笑ってしまいました。

 食事の後は、いよいよ品評会です。私の亡父は焼物が趣味で、50点ぐらい収集していたと思います。私はそれほど物欲が強くありませんから、そのうちの3点だけを遺品として譲り受けていました。一つは志野のぐい呑み、一つは、S氏の鑑定では「唐津焼」の茶碗のようでした。私には価値は分かりませんが、高くても数万円もするかどうかと思われ、S氏からは「使ってください。仕舞っておくより、使った方が茶碗も喜びますよ」との助言を受けました。

魯山人 登場

 そして、いよいよ、魯山人です。

 しかし、S氏はどうも出し惜しみされているようです(笑)。御子息が備前焼の陶工さんなので、たくさんの徳利やお猪口などの「作品」が飾ってあり、披露してくださいました。

 驚いたのは、室町時代と桃山時代の壺でした。私が「どうして、年代が分かるんですか?」と聞くと、「この文様ですよ。この文様は室町時代のものですし、この紋様は桃山時代だと分かるのです」とS氏は至極当たり前のような表情で応えるのでした。やはり、目利きです。

S氏蔵の室町時代の壺(左)と桃山時代の壺
S氏蔵の室町時代の壺(左)と桃山時代の壺

 そんなこんなで15分ぐらい鑑賞したので、痺れを切らした私は「そろそろ魯山人は?」と請求すると、S氏は部屋の奥からやっと魯山人を持って来てくれました。

 志野焼特有の白というかクリーム色の直径15センチぐらいのまあまあ大きな茶碗でした。私は俗人ですので、単刀直入に値段をお聞きしたところ、「20年ほど前に、銀座の黒田陶苑で〇〇万円で購入しました」とのお答え。今はその倍ぐらいになっているかもしれまけせん。

S氏蔵「絵志野 茶椀」
S氏蔵「絵志野 茶椀」

 黒田陶苑というのは、古美術の世界で知らない人はおらず、創業者の黒田領治は「陶々菴」と号し、北大路魯山人との交流を深め、昭和10年(1935年)、東京・日本橋に魯山人作品の専売店を開業した人です。ですから、箱書きに「陶々菴」があれば、本物間違いなし、となるわけです。

 私も魯山人作品は大好きで美術館などでいくつもいくつも拝見しておりますが、単に「見る」だけでした。でも、S氏は寛大な優しい人なので、触らせてくれました(笑)。やはり、焼物は実際に手に取って、使うものです。

 でも、いざ、この魯山人の志野茶碗の写真を撮ろうとすると、S氏は急に表情を変えて、一言「駄目です」と言うのです。まるで、生まれて初めて写真機を見た明治の人が「魂を吸い取られる」と言って撮影を拒否するようなものです。詳しい事情はお聞き出来ませんでしたが、恐らく、世界的な人気ブログ《渓流斎日乗》に写真が掲載されると、「そんな素晴らしい茶碗なら、◯◯万円では安い。◯◯◯万円で売ってくれ」と言う人が出てくるからかもしれませんね(笑)。

 S氏から、茶椀の写真撮影は断られましたが、箱だけは撮影は許可してくださいました。確かに、「陶々菴」と箱書きされておりました。まさしく、S家の「家宝」でした。

魯山人先生の作也 陶々菴
魯山人先生の作也 陶々菴

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