目下、話題沸騰の鶴見太郎著「ユダヤ人の歴史」(中公新書)を読了しました。実は、1回読んだだけではよく分からなかったので、2回読みました。3回目? いや、もういいでしょう。
読みずらかった理由は、固有名詞が、いわゆる新聞協会の用字・用語ではなかったからでした。具体的に言いますと、たとえば、新聞協会ではイスラム教というところ、本書ではイスラーム、新聞ではヤセル・アラファトを本書ではヤーセル・アラファートといった普通の人にとってどうでも良い話ではありますが、正直言いますと、本書に登場する人物がほとんど知らない馴染みのない人ばかりだったこともあります。
古代イスラエル・ユダ王国のダビデやソロモン、また、旧約聖書の主役であるモーゼは、さすがに知っていましたが、中世、近世、近代に活躍したユダヤ人はほとんど知りませんでした。その中で辛うじて知っていたのは、音楽家のフェリックス・メンデルスゾーンですが、彼の祖父であるモーゼス・メンデルスゾーンはユダヤ啓蒙主義のハスカラーの創始者だったことまでは知りませんでした。モーゼス・メンデルスゾーンの形而上学の論文は、あの哲学者エマニュエル・カントを次席に差し置いてプロイセン王室科学アカデミー賞を受賞したといいます。
ディアスポラによって、世界中に離散したユダヤ人ですが、近世になって、スファラディームとアシュケナジームの二つの集団が確立しました。スファラディームとはスペイン系、アシュケナジームはドイツ系という意味だということを本書で教えてもらいました。スファラディームの代表的人物が、哲学者のスピノザです。
最も重要で欠かせないポグロム
ユダヤ人の歴史を語る上で、最も重要で欠かせない出来事はポグロム(集団暴力)ですが、日本の世界史の授業ではほとんど教えられていません。何故でしょうかねえ? 1881年、ロシアのアレクサンドル2世が暗殺されたことをきっかけに、その首謀者がユダヤ人であるという噂が立って、ポグロムが発生したと言われています。かねてから「ユダヤ人=農民の搾取者」という偏見が根強くあったこともあり、また近世にポーランド貴族と結びついたユダヤ人が小作人からの徴税を請け負っていたこともあり、ポグロムはウクライナやポーランド、モルドバなどに拡大し、大量の殺戮と略奪が行われたといいます。1918年に始まるロシア内戦期のポグロムでは、正確な数字は分かっていないものの、5万人から20万人のユダヤ人が死亡したといわれています。
ホロコーストはポーランドやソ連でも
また、人類史上、悪名高いホロコーストは、ドイツ・ナチスによって600万人のユダヤ人が虐殺されたと言われていますが、本書によると、その内訳は、ポーランドで300万人、ソ連で100万人、チェコスロバキアで21万7000人でしたが、ドイツ国内では16万人だったといいます。1941年6月に始まった独ソ戦の過程で、ポーランドに移送されたユダヤ人が多かったこともありますが、この数字は、ポーランド人やソ連人らによるユダヤ人虐殺の「加担」があったからだと言われています。戦後になって、西ドイツ政府が全面的にナチスの罪の責任を負ったことによって、ホロコーストの加害者はドイツ人だけだったような「史実」が流布されましたが、本書では、ナチス敗退後にポーランドに戻った多くのユダヤ人がポーランド市民によって殺害された史実が明かされており、大変驚かされました。
著者の鶴見氏は「もし東欧でポグロムが起きなければ、そもそもシオニズムも盛り上がらなかったはずだ」とはっきり書いております。
このように、ユダヤ人の歴史は複雑で一筋縄ではないことがよく分かりました。現在行われているイスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザの配給所での殺戮やイラク、シリア等への爆撃はとても理解も容認もできませんが、何故、ユダヤ人がそこまで、血も涙もなく「概念拡張」(ダニエル・バルタル)するのか、「ユダヤ人の歴史」を知ることによって、かすかにその背景を知ることができることでしょう。
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