日本の出版文化と歴史に残した功績は偉大でした 「蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児」展 

「蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児」展(上野・東京国立博物館)keiryusai.net 雑感
「蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児」展(上野・東京国立博物館)keiryusai.net

 腰痛のため、まだ長距離を歩くのは少ししんどいのですが、上野・東京国立博物館で開催中の「蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児」展を観に行って参りました。会期が6月15日(日)までと迫っていたからでした。平日の午前中で、しかも雨なら、会場は空いているに違いない、と大いに期待したこともありました。

 そしたら、がび~ん、入り口から長蛇の列です。外国人観光客と思しき人々が4割近く、修学旅行らしき中高生の団体が2割、あとは老人、いや御年配の方々といった感じでしたが、それにしても皆さん、暇なんですね。思わず、「暇人、オール・ザ・ピープル」と口ずさんでしまいました。

会場も大混雑

 会場に入っても、展示品の前に二重、三重のトグロを巻いておりました。私は背が高いので、2列目から拝見出来ましたが、御年配の御夫人連中は容赦がありません。何人かは、後ろに立っている私をどつき、蹴とばして前に前に割り込もうとするので、その度に嫌な思いをしました。そんな連中に限って、耳にイヤホンをして「音声ガイド」を聴いているので、周囲を全く気にしていないか、配慮がありません。大抵は、外国人ではなく、日本人女性です。

 この大混雑は、目下、NHKで放送中の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」の影響だと思われます。いや、それしかありません。

かなり小さいので吃驚

 でも、足を運んで良かったです。かなりの収穫がありました。本物を、実物を、間近に見られたからです。一番の大発見は、蔦屋重三郎が出版した「吉原細見」にしろ、数々の黄表紙、青表紙にしろ、判型がかなり小さかったことです。大体、今の文庫本の大きさのものも多くありました。そこにぎっしりと小さな活字が織り込まれています。こんな小さな活字を彫った彫師たちの技術といったら、それは世界一でしょう。加えて、江戸時代の人たちは随分眼が良かったことが分かります。遠くのモノが良く見えたことでしょうが、近くのモノも良く見えたことでしょう。現代のようにスマホがないお蔭です(笑)。活字は本当に小さいのです。また、文庫本サイズなので、江戸っ子たちは着物の懐に入れて持ち歩いていたことでしょう。

 小さいと言えば、平賀源内のエレキテル(復元)も展示されていましたが、思っていたよりかなり小さいので驚いてしまいました。まさに、抱えて持ち運びできる大きさでした。

色鮮やかな浮世絵

 浮世絵も西洋の絵画と比べればかなり小さいです。大判錦絵のサイズは、35.4センチ×24.0センチというので、A4判サイズを二回りほど大きくした感じです。庶民は手元に置いて眺めていたのか、長屋の部屋の壁に貼っていたのか分かりませんが、部屋も狭いので手頃の大きさだったかもしれません。

 蔦屋重三郎といえば、喜多川歌麿や東洲斎写楽を売り出したプロデューサーとして有名で、この2人を中心にした作品が多く展示されていましたが、私自身が不勉強でよく知らなかった栄松斎長喜や窪俊満らの作品も間近で拝見することが出来ました。250年近い昔の浮世絵なのに、いまだに色遣いが鮮やかで、刷師たちの技術もこれまた世界一だと思いました。 

真正面の顔は間が抜けている?

 世界に誇るべき浮世絵の世界を堪能しましたが、またもう一つ発見しました。写楽の役者絵(「市川蝦蔵の竹村定之進」など)にせよ、歌麿の美人画(「婦女人相十品 ポッピンを吹く娘」など)にせよ、ほとんどみんな、顔は横向きか斜め横からのアングルで描かれていることです。何で気が付いたかと言いますと、どなたの作者の作品か忘れましたが、多くの人物が描かれている中で、一人だけ、真正面に描かれている若い女性がいたのです。正直言って、真正面から描かれた人物は、どこか間が抜けた感じでした。「そっか~、真正面だと駄目なんだ。でも、現代人は身分証明書の写真は無帽で真正面から写されたものに限られている。せめて斜め横からの写真も許してほしいなあ」と思った次第です(笑)。

「蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児」展 耕書堂を復元(上野・東京国立博物館)keiryusai.net
「蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児」展 耕書堂を復元(上野・東京国立博物館)keiryusai.net

 いずれにせよ、蔦重が日本の出版文化と歴史に残した功績はあまりにも偉大だったことをこの展覧会で認識を新たにしました。

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