🎬「敵」は★★★★

映画「敵」 雑感
映画「敵」

 ちょっとどうしても気晴らしがしたくて、昨年の東京国際映画祭で3冠(東京グランプリ、最優秀男優賞、最優秀監督賞)を獲得した「敵」(筒井康隆原作、吉田大八脚本、監督)を封切の初日(2025年1月17日)に観て来ました。

 最初に、初老の男性が朝起きて、顔を洗い、歯を磨く場面が出てきたので、一昨年末に観た役所広司主演の「パーフェクト・デイズ」(ヴィム・ヴェンダース監督)を真似したのかな、と思わせました(笑)。でも、「パーフェクト・デイズ」の主役平山は、公共トイレを掃除する労働者階級(ただし、本好きのインテリ)、一方、この「敵」の主役は、長塚京三が演じるフランス文学が専門の元大学教授という知識階級で、2人は対照的です。どちらかと言えば、観終わった後の清涼感といいますか、感激度は、「パーフェクト・デイズ」の方が上だったので、勝負をした場合、軍配は、カンヌ映画祭で主演男優賞を受賞した「パーフェクト・デイズ」に挙がりますが、この「敵」もなかなかよく出来た作品で、現実離れした異次元の世界に誘ってくれました。現実の憂さを少し忘れさせてくれたという意味で。

原作者筒井康隆も絶賛

 何しろ、原作者の筒井康隆さんが「すべてにわたり映像化不可能と思っていたものを、すべてにわたり映像化を実現していただけた」とコメントしているぐらいですからね。私は、原作を読んでおりませんが、観ていて、何が現実で、何が夢で、何が幻想で、何が妄想なのか途中で分からなくなってしまいました。

 また筒井さんのコメントですが、「登場人物の鷹司靖子、菅井歩美、妻・信子の女性三人がよく描き分けられている」とありました。元大学教授渡辺儀助(長塚京三)の教え子・鷹司靖子役の瀧内公美は、先生を誘惑してフェロモンを発散させる演技は、演技と思わせないほど巧い(笑)。親戚が経営するバー「夜間飛行」でアルバイトする立教大学仏文科の学生菅井歩美役を演じる河合優美も、かなりしたたかな役なのに、本物のウブな女子大生に見えてしまいます。20年前に亡くなった妻信子役の黒沢あすかも、幽霊なのに、「さもありなん」と実在しているように見せます。3人とも初めて知った女優さんですが、演技達者というしかありません。

 でも、何と言っても、主役である元大学の仏文学教授役の長塚京三は、ピッタリのはまり役でした。この作品は、彼の代表作になるのではないでしょうか。実年齢79歳よりずっと若い64歳ぐらいに見え、元大学教授そのものに見えます。長塚自身が早大からパリ大学に留学した経歴の持ち主のせいかもしれませんが、インテリの風貌とフランス語の発音もバッチリでした。妻に先立たれた老人の独り暮らしという設定ですが、朝昼晩と自炊する場面が多く出てきて、長塚自身も料理上手のようで、てきぱきと鮮やかな手ほどきを見せていました。(料理も本当に美味そうでした)

モノクロ映画にした理由

 最後に、この映画はモノクロなのですが、観る前からずっと、「何で白黒にしたんだろう?」と疑問を持ちながら観ていました。そしたら、途中で、その理由が分かりました。

 私の個人的な考えを書くので、これから御覧になる皆さんは個別に考えてほしいのですが、まず、第一に、この映画の中で血しぶきが出る場面があるので、あまり鮮烈な赤が強調されると、グロテスクな作品に観えてしまうので、それを避けたかったのではないか、と思ったのです。それに、「敵」のメタファーとして犬のフンが出てきます。確かに、モノクロのお蔭で、気持ち悪さは緩和され、少しは上品な作品に仕上がりました。

 もう一つは、老人が主役の映画なので、4Kとか8Kとか高精細度のカラー映像で撮ってしまうと、皺やシミなどがあからさまに目立ってしまうからなのではないか、と思いました。若者向きの恋愛映画じゃありませんからね(笑)。

 だから、21世紀になって白黒映像を使っても、芸術作品として十分通用すると思いました。カラーだと、ちょっと観るに堪えない、むしろどぎつい感じがしたんじゃないかと私は勝手に思っています。何故なら、観終わってから、この作品が白黒映画で良かったと思ってしまったからでした。

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